昨年の今日(2023/04/01)の出来事

昨年の今日4月1日の今頃は、前日に捻挫した足をかばいながら大阪遍路道経由で標高287mの七子峠を越えて長い下り坂を経て、岩本寺迄残り10kmの地点では、痛みがピークになり少し長めに休みを取りました。

歩けるところまで歩いてそれでダメだったら諦めようと心に決めて、もう少し、もう少しと歩き進めて来たのですが、足の痛みは増すばかりで、「やはり無理かも知れない」と、重い気持ちになっていました。足首は赤く腫れあがりズキンズキンと波打つように痛み、少し体重をかけたりすると「ピリッ」と電気が走るような痛みが突き抜けます。いくら考えても継続は難しい。ため息しか出ませんでした。

14時過ぎです。私の「挑戦」もここまでと気持ちを切り替え無ければいけないな~って、もう世界の終わりのような気持ちになっていたときです。私の携帯に何度も知らない番号から着信があったのです。恐る恐る出てみると、以前お世話になった元栗原中央病院副院長の石田先生でした。この辺の下りは、2024年2月19日の「御大師様のご加護」をご覧下さい。

丸1年経って、この日のことを思い出すと「感謝」の言葉しか浮かびません。改めて石田先生そして繋いでくれた栗原市民さん、有り難うございました。そして、こんな状態の私を支えて下さった皆様、有り難うございました。掛け値なしでみなさんのお陰です。有り難うございました。

あと10㎞、もうダメかも知れないと諦めかける
石田先生に救われる

皆様からの感想・ご意見などをお待ちしています。

昨年の今日(2023/04/01)の出来事” に対して2件のコメントがあります。

  1. 鈴虫 より:

    前日に酷い捻挫をして先生ご自身が「私の『挑戦』もここまでと気持ちを切り替え無ければいけないな〜って、もう世界の終わりのような気持ちになっていた」その時に、以前栗原でお世話になっていた石田先生からの電話!そして奇跡の診察!
    そんな出来過ぎな展開など奇跡と言う以外無いですよね!

    実はあの時私は、もう続行の希望は薄いだろうと内心思いながら、でも、先生が自分で判断される事を受け入れるしか無かったのですが、石田先生のドクターストップがかからなくて本当に胸を撫で下ろしました。これで歩ける!と。

    先生が重さを覚悟でPCを持ち、リアルタイムで情報発信してくれたお陰です。
    まさかSOSの発信になるとは、ご自身はもとより私達も誰も夢にも思いませんでしたが、これまで関わりのあった方々が毎日固唾を飲んで見守っていたからこそ繋がったご加護でしたね。

    そして、一年が経って振り返り益々その時の感謝が深くなっている様子に、私もあのご加護に再び感謝の気持ちが湧いて来ます。
    お大師さま、栗原市民さん、石田先生ありがとうございました!

  2. スマイル より:

    東日本大震災の時に強烈に感じたことは「人は一人では生きて行けないのだ」ということ。いろんなことが便利になって、お金で解決できることもたくさんあって・・・それでも、心も体も人の支えや様々な関りがあってこそ明日に繋ぐことができるのだと。
    1年前に本間先生が経験なさったこと、一生忘れないであろう感謝も、まさに人との関りあってこそ生かされている(生きている意味がある)という実感だったのではないか、と思います。
    そして、ホームページを通してほぼリアルタイムでこのいきさつを知ることとなった私たちもまた、この「奇跡」に心打たれていました。人とのご縁を紡いでこられたからこそ、ですね。
    こうして立ち上げてくださったホームページもご縁が結ばれていく場となっています。
    ありがとうございます。

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