八十八番番札所大窪寺参拝(結願記念日2023/05/01)

もう三年が経ちました。今日は、四国八十八ヶ寺歩きお遍路の結願の札所『八十八番番札所大窪寺』を参拝した、細やかな人生の一コマを彩る新たな記念日です。歩きお遍路は、順調に(途中で捻挫はしましたが)事前に計画した日程どおり50日かけて辿り着きました。

当日は、天気も良く最後の遍路道をいつもよりゆっくり歩きました。いよいよ結願の札所に辿り着くという感慨はなく、いつもと同じように一歩を積み重ねる歩みでした。でも、何処か無意識の中に『結願』という言葉はあったのかも知れません。『結願の札所』と銘打っていることもあり、これまでの札所とは異なる巡拝だったような気がします。

山門を目の前にしたときは、「ここが結願の札所か」という気持ちが沸きましたが、それ以上の感慨はなく、これまでと同じように一礼してくぐりました。境内の手前に大師堂があり、更に進むと本堂があります。本堂の正面から下の方に参道が街中に続いていたので、もしかするとこちらがほんらいの参道なのかもしれません。

本堂では、読経する前に少しの時間ベンチに座り、本堂そしてその北側(後ろ)に位置する「女体山」(標高774m)を眺めました。また、ザックに入れたままの126gの写真に収まった母を取り出し、本堂やその周りを見せました。その後、ゆっくり立ち上がり、いつものように読経しました。読経を終えてから、付近にいた方にお願いして写真を撮ってもらいました。ここでの写真は、観光地でのパシャリとは異なり、人生史に残る出来事なので母と一緒に撮って頂きました。その後、戻るようにして大師堂で読経しました。

一通り終えてから、もう一度本堂に行き再度拝礼して、本来の参道を下りました。参道には、お土産さんがいっぱい並んでいました。そこで、結願のお礼用のお土産用に讃岐うどんをいっぱい買いました。多くは自宅意送ってもらうように手配しました。

結願の札所といっても、多の札所と違いはありません。違ったのは、金剛杖を納めお焚き上げしていただく場所があったことと結願証明書を発行していることくらいです。でも、きっと『結願』という言葉に多くの人は、様々な思いを持ってこの札所に立つのだとも思えました。私は、お礼参りというまだ先があるので、結願、即、終わりという気持ちはなく、通過点でしか無かったように思います。私の四国八十八ヶ寺歩きお遍路の終了は、お礼参りも済ませて自宅に戻ったときです。その時、これまでの時間をどのよう感じるのか。終わりと感じるのか、お四国病に罹患して、また四国に来るのか、この場所では分かりませんでした。

結願の札所 八十八番札所大窪寺
八十八番大窪寺へ道しるべ
八十八番札所大窪寺山門
同行した御守り・メッセージ
お遍路姿
10センチ以上短くなった金剛杖

英語バージョンのスライドショーをつくってみました。機械翻訳なので意味不明の箇所も多々あると思いますが、写真と一緒に見れば何とかなるのではないかと思っています。

皆様からの感想・ご意見などをお待ちしています。

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