なんか気になって仕方ない(大川小新任校長研修)
宮城県教育委員会は、2020(令和2)年から、旧大川小学校で新任校長研修(学校防災)を行っています(5月29日)。講師は、旧大川小学校で子どもが犠牲になった親などで構成される大川伝承の会の皆さんです。
東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)では、近くを流れる北上川を遡上してきた津波が、大川小学校そして児童及び教職員に巻き込み、児童数108人(大津波が襲った時間に学校にいた児童は78人)中68名及び教職員10名が波にのまれ、一瞬にして命を落とし、6人が行方不明になりました。当時、学校にいて助かったのは、児童4名と教員1名だけでした。
その後、遺族の一部が起こした国家賠償訴訟では、校庭に50分近く留まっていたことが明らかになるなど、様々な事実が明るみにでて、一審では「学校側の過失を一部認め、市と県に約14億2600万円の賠償を命令」判決が出ています。これに対し、控訴審の仙台高裁は、視点を大きく広げ、「平時からの組織的な防災対策の不備」まで踏み込み、当日の判断ミスに加え、「震災前から安全確保の体制づくりを怠っていた」ことを重大視し、賠償額は一審よりやや増え、約14億3000万円余と判断しています。一審との大きな違いは、「現場だけでなく、組織としての防災の準備が不十分だった」という結論になっていることです。
ここでは、犠牲者のことや裁判の結果について気になっているのではなく、これだけの尊い犠牲を払って学んだことを生かすべく行っている研修の様子についてです。このことは昨年も同様な視点で書いています。

河北新報の写真をよくみてください。講師のお話を新任の校長は、中腰などで聞いている方が多数いることです。このような姿勢で子どもを亡くした遺族でもある講師のお話に聞き入ることは出来るでしょうか。この場では、単なる震災の説明をしているのではなく「山は動かない人間の行動が命を救う」「学びを未来につなげてほしい」「先生たちが児童の生命を守れるのだ」と、どもたちの尊い犠牲を基にして、新任校長を励まし学校防災のあり方を説いているのです。こうした、心の叫びに似た言葉を中腰で聴き心に響くでしょうか。
説明を聞く全ての場所とは言いませんが、最も肝心な場所では、じっくり話しを聴いてもらうようにする必要があると思うのです。直ぐ近くに伝承館があります。そこにパイプ椅子でも備えておけば、簡単にそうした条件は整えられます。毎年、新聞を見る度に気になって仕方がないのです。もう、6年もやっていてこの状態です。学校防災の責任者に対する研修として、旧大川小学校の教訓を本当に生かしたいと思っているのか疑問にさえ思ってしまうのです。

河北新報(2026/05/29)
