旬の花『紫陽花』

梅雨時になると『紫陽花』を見る機会が多くなります。仙台では別名紫陽花寺と呼ばれている資福寺(仙台市青葉区北山)有名です。私が知っている限りでの有名な場所は、鎌倉市にある臨済宗建長寺派​ 福源山 明月院です。だいぶ前に行ったことがありますが、とても情緒溢れる穏やかな時間が流れる場所でした。

紫陽花はお寺の花と言われることがあります。確かに、紫陽花はお寺に似合う花のような気もします。

私自身、梅雨時の6月生まれということもあり、紫陽花はかすみ草と並んで好きな花です。紫陽花は、何となくですが古風な感じがするのです。このような印象があるからなのか、お寺で咲く紫陽花は、ひときわ古風な佇まいを見せてくれます。

こうした私自身の印象とは別に、古くからの言い伝えや縁起で、紫陽花とサルスベリ(百日紅)を庭に植えるのは避けた方がよいとされます。こうした言い伝えの理由は、主に「語呂合わせ」「植物の特性」「陰陽の考え方」に基づいています。

はじめに「紫陽花」についてです。紫陽花は庭に植えない方がよいとされる理由は、主に以下の三点です。

①紫陽花は土壌の酸性度によって花の色が青から赤紫へと変化します。この特性が「変節」「移り気」「浮気」を連鎖させ、「家族の心が離れる」「未亡人になる」といった不吉な連想に繋がったためです(「色が変色する」=心の移り変わり・浮気)。

②紫陽花は非常に多くの水を必要とする植物です(梅雨時に咲く理由)。これが転じて、「屋敷の生気や財産(金運)を吸い取る」、あるいは「家が寂れる(人の気配が遠ざかり、足音も小さく響くようになり、時間の流れがゆっくりと感じられる様で、お寺のようだとか、お寺に植えられていることが多いため)」と言われるようになりました(「水分を多く吸う」= 財産を吸い取る(衰退))。

③日陰でもよく育ち、梅雨のジメジメした時期に咲くことから、家相学的に「陰の気(ネガティブなエネルギー)」が強い植物とされています。このことから、家の繁栄を妨げると敬遠されるのです。「陰の気」を持つ植物)。

次はサルスベリ(百日紅)です。サルスベリを庭に植えない方がよいとされる理由は、主に以下の二点です。

④樹皮がツルツルしていて「猿も木から落ちる(滑る)」ことが名前の由来であるため、「受験に落ちる」「運気が滑り落ちる」「会社が倒産する」といった縁起の悪さを嫌うためです(「滑る」= 運気の急降下・受験や仕事の失敗)。

⑤サルスベリは漢字で「百日紅」と書きます。約100日間にわたって赤い花を咲かせ続ける姿や、樹皮が剥がれたあとの白い幹が「骨」を、赤い花が「血」を連想させ、「火災が起きる」「怪我人が出る」という迷信に繋がりました(「百日紅」= 血を連想させる)。

昔の人たち、といっても私たちの親世代でもこういったことを信じていました。昔の人たちは、よくよく物を観察し自分の生活の中にあてはめていたのだと感心します。全てのことをアウトソーシングして困難を解決しようとする現代と違い、当時は何とかして自己防衛しようとした、ひとつの知恵としてみることもできるのではないかと思うのです。私は、迷信と一笑に付すことに余り賛成できません。私だけがそう感じているだけなのですが、現代社会では、これらはあくまで過去の迷信や語呂合わせ(忌み言葉)によるものと整理され、科学的な根拠はないとし、園芸技術の向上もあり、どちらも非常に人気のある庭木になっています。

近年は、紫陽花に新たな意味づけをして、身近な花にしています。紫陽花、蜂の巣に似ていることから「商売繁盛」や「魔除けとして、あえて軒下に吊るす風習もあるそうです。軒下・玄関に吊るす風習は、以下のような理由付けされています。古くから「蜂の巣」は、蜂が頻繁に出入りすることから「客がひっきりなしに出入りする(商売繁盛)」縁起物として吊るす習慣がありました。しかし、本物の蜂の巣は手に入りにくいため、見た目がよく似ている紫陽花を代わりに吊るすようになったと言われています。軒下に吊るすことで「魔除け・厄除け」や「お金に困らない(金運招来)」という意味があります(魔除け・金運・商売繁盛)。また、トイレに吊るすケースもあります。トイレに吊るす場合は、女性の婦人病除けや、年老いた時に「下(しも)の世話にならない(寝付かず健康でいられる)」というお守りになるとされています(健康運・婦人病除け)。吊るす時期の目安は、6月の「6」がつく日(6日、16日、26日)及び夏至の日です。

サルスベリ(百日紅)は、夏の貴重な開花期が長いシンボルツリーとして、多くの一般家庭で好んで植えられています。

紫陽花やサルスベリを自宅の庭に植える時に、もしどうしても気になる場合は、「東や東南の方角(吉方位)に植える」、あるいは「鉢植えにして管理する」ことで、家相としてのデメリットを回避できると言われています。

紫陽花は、医療が未発達だった昔、梅雨の時期(流行病や急な寒暖差)に亡くなる人が多くいました。その時期に美しく咲くアジサイを、お寺や墓地で死者に手向ける花として多く植えた歴史から、「死や不幸」を連想する花として定着してしまいました。また、サルスベリ(百日紅)は、中国から仏教と共に伝わったとされており、お釈迦様が生まれたときに咲いていたとされる「無憂樹(むゆうじゅ)」という木に雰囲気が似ているため、お寺や墓地に植えられることが多い木でした。これもアジサイ同様、自宅の庭にはふさわしくないと言われる一因です。こうしてみると、様々な言われには、長い時間をかけて考えた先人の知恵や生活上の不安や恐れがあります。こうしたことかから当時の社会情勢などを推し量ってみるのも面白いかもしれません。

紫陽花やサルスベリをみたとき、このようなことを思いだしながら観賞すると、これまでとは違う見え方をするのでは無いでしょうが。花の持つ歴史的な要素を紐解くと、これまた先人の想像力を豊かにして生活の中で関わってきたのだと思います。こうしたことは、物事を多面的に見るということを忘れかけている私たちへの問いのようにも思えます。物事をもっと多面的に、時間的にも空間的にも、様々な視点でみることによって、新たな価値を見いだせるかもしれません。そんな柔軟性を持って物事に関わりたいものです。

明月院(鎌倉)
明月院への途中にありました

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