余韻に浸る『サバ缶宇宙へ行く』

『サバ缶』宇宙まで届き、本当に良かった。ベタな終わり方ではありますが、これまでの経過の積み重ね、夢の継承を思い出させ、ベタな終わり方を『物語の続きを』を、私たち一人ひとりが描く続きを感じさせてくれました。

15年、五期生まで続けたプロジェクトは、単なる飛び散らないなどの宇宙食としてのリスクに留まらず『おいしい』を実現した。この間の取り組みは、地味で試行錯誤の繰り返しをデータを取りながら丹念に進める、基礎研究の方法そのものだと感じました。更には、地元の食材、地元に伝わる食の伝統や技術等々を丹念に再現し、地元の知恵を生かして宇宙食へと結びつけていった。

土地に刻まれ記憶された歴史は、文化的伝統として結実し、危機に向き合う際の仕組みとして機能し、生業の営みを基盤として形成された生活文化は、自律的な強靱さを備えている(河村ほか編2013)。彼らが、地域の方々の教えを学び『サバ缶』と詰め込んでいった技術は、正にこの言葉を現実のこととして具体化したように思います。

一期生の『サバ缶』宇宙へ行けるかも!鯖街道を宇宙につなぎたい。夢というには余りにも壮大な計画を真顔でやろうとする。高村光太郎の詩「私は青年が好きだ」そのもので正に青春。その夢が決して一人のもので終わらず、1期生から5期生へ、生徒から生徒へと夢は受け継がれていった。そして、その夢を教師や地域の人々が温かく見守り続け支えてくれた。地域の方々の知恵は、教科書の無い宇宙食づくりに、様々な気づきを促してくれた。教師の見守りは、心の支えとなって止まった歩みを、「もう一歩」と、踏み出させる力を沸き起こさせてくれました。

諦めと夢の交差の中で『止まること』を超えさせる。その時に力を与えてくれたのは、黒ノートに記録された、先輩の努力の跡、失敗の跡、後輩への夢を託す想いであったように感じています。途中、だれかが去り、だれかが無理と諦めた。それでも、その都度、黒ノートが夢を語り続け、途絶えることなく続いて行った。そんな積み重ねの果てに、鯖街道が宇宙へとたどり着いたのです。彼らは、15年五期生まで夢をつなぎ、サバ缶を宇宙まで届けました。私が被災者支援と関わった期間と同じです。

15年。公務員を退職後の私は、被災者支援、地域づくりに微力ながら関わってきました。しかし、『サバ缶』の15年と並べてみると、何が出来たのか、何が変わったのだろうかと、うな垂れてしまいます。彼らの取り組みをみながら、当時、そして今の私に何が足りなかったのか、彼らにあって私にないものは何か等々、考えてみる良い機会になりました。テレビドラマでは、事実を少々誇張したりしているのかもしれませんが、その基になっていることに手は加えていないような気がします。地域を力に、地域資源に着目する等々と常々語っている私には、お手本のようなドラマでした。

何度も観ながら涙し、拍手しています。その後に、生徒や先生そして地域住民の立場になって、自分ならどうするのだろうかと、サバ缶を食べながら白ワインを片手に思案する日々です。残り少ない人生に、どの様に生かせるのかは未知数ですが、機会あるごとに思い出して、これからの活動に生かして行きたいと思っています。

皆様からの感想・ご意見などをお待ちしています。

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