講座『保健体育』第10講「生命とは何か」(動的均衡)
生命現象について書かれた図書を読んだ。とても面白かったので本の内容を概観してみます。暇に任せて読んだのは“福岡伸一,2017『新版動的均衡』小学館新書.”です。「生命とは何か」を追い求めている生物学です。
私たちの身体、生命体を構成している分子は、全て高速で分解され、食事として摂取した分子に置き換えられ続けている。身体のあらゆる組織や細胞の中身はこうして常に作り変えられ、更新し続けている。だから、私たちの身体は分子的な実態としては、数ヶ月前の自分とは全く別物になっています。分子(食料等)は、環境(外)からやってきて、一時私たちをつくりだし(吸収・分解)、次の瞬間にはまた環境へと解き放され(廃棄)ていく。私たちの身体自身も、「通り過ぎつつある」分子が、一時的に形作っているに過ぎない。
この流れの中で、私たちの身体は、変わりつつ、かろうじて一定の状態を保っている。この流れ自体が「生きている」ということである。こうしたことを福岡は、「生命とは『動的均衡』にあるシステムである」と言っています。更に、生命システムは、構成分子(細胞)そのものに依存しているのではなく、その流れがもたらす「効果」であると。この動き(効果)は「流れ」の中にある。この流れは、環境との間に一定の平衡状態を保っていると、説明しています。
誤解を恐れず、極めて簡略した説明をすれば、『私たちは、絶えず自らを分解しつつ、同時に再構築するという、合成と分解のバランスの中に生きている(動的均衡)。』、秩序あるものは必ず、秩序が乱れ方向に動くという、宇宙の大原則である「エントロピー増大の法則」が容赦なく襲いかかり、生命体(私たち)には、常に、酸化、変性、老廃物が発生する。絶え間なく排除しなければ、新しい秩序を作り出すことは出来ない。そのため、絶えず、自らを新たな分子を取り込み分解・吸収しつつ、同時に壊し排出して再構築するというバランスと流れが必要で、これが生きているということです。生命は、増大し続けるエントロピーを絶えず捨て続ける(分解・排出)ことで、秩序を作り直している。しかし、永続的に再構築し続けることは出来ず、少しずつ捨てきれないエントロピーが内部に残存・蓄積し、捨てる営みも鈍って合成と分解のバランスが崩れてくる。これが、細胞もしくは固体の死である。分かったような分からない説明なので、具体的な内容で「合性・分解」の例をお示しします。
人間は37兆個(又はそれ以上とする説もある)の「細胞」(Cell)からできています。それぞれの細胞は「寿命」(Lifespan)を終えると、新しい細胞と入れ替わります。この「新陳代謝」(Metabolism:メタボリズム)が身体の中で絶え間なく、日中も寝ている間も行われており、そして「新陳代謝」ができなくなると「生命」(=Life)の“死”となります。これが「生命活動」(Life Activities)の基本です。
私たちの身体の細胞はどれくらいで全て入れ替わるのでしょうか。身体の細胞は1日で約3300億個の細胞が更新されており、そのうちの86%は血液細胞、残りのほとんどは腸や胃などの上皮細胞です。このように、血液や消化管の細胞は、入れ替わる速度が圧倒的に速いのです。皮膚は全体が入れ替わる周期は約1ヶ月(角化細胞は表皮主要な細胞で、基底層で分裂・分化を繰り返し、成熟すると角化細胞(死んだ細胞)となって角質層へ移行し体表のバリアをつくります。場所や年齢、栄養状態、季節などで変動します)。赤血球は約120日。腸上皮細胞は最も回転が速く、小腸や大腸の上皮は5~7日程度。比較的寿命の長い骨の細胞は、若い方であれば3年程度、高齢になると5~10年程度です。古くなった骨は破骨細胞という細胞に壊され、その壊された部位を骨芽細胞が修復し、新しく骨をつくりかえていきます。加齢によってホルモンバランスが乱れると、骨芽細胞の働きを破骨細胞が上回るようになり、骨がスカスカになってしまい、少しの衝撃を受けただけでも折れやすくなります。これがいわゆる骨粗鬆症です。一般的に女性に骨粗鬆症が多いと言われています。多い理由は女性ホルモンとの関係にあります。女性ホルモンであるエストロゲンは、骨においては破骨細胞の分化・作用・活性を抑制して骨代謝のバランスを保ち骨量を維持する働きを持っています。しかし、女性の場合は50代から骨粗鬆症リスクが上がり、50歳以上の女性では4人に1人が骨粗しょう症ともいわれています。この現象は、50歳台頃からエストロゲンの分泌が急激に減ることのよると説明されています。の設計は、進化の過程でその臓器にとって都合のよいバランスとして選ばれてきたと考えられています。
一方、ほとんど更新(入れ替わり)しない細胞もあります。神経細胞(ニューロン)の寿命は極めて長く、一生入れ替わらないものが多いとされています。神経細胞(Neuron)は、脳を構成する最小単位です。他の神経細胞から樹状突起(dendrite)で信号を受け取り、別のニューロンへ軸索(axon)とおして他のニューロンに信号を送り出す役割をしています。軸索と樹状突起は直に接してはおらず、先端にあるシナプスとシナプスの間には、シナプス間隙(synaptic cleft)という隙間があり、電気信号を使う代わりに、神経伝達物質のやりとりという化学的な方法で信号を伝えます。

古い細胞がどれだけ新しく置き換えられていても、人は毎年毎年老けてきます。このことは、「生物学的年齢」(暦年齢に対して、DNAのメチル化パターン、代謝速度、酸化ストレス、線維化の程度、臓器機能の総合的な老化サインなど多様な生体指標を組み合わせて評価するもの)が上がっているからだと説明されています。臓器の細胞が入れ替わるごとに生物学的年齢は上がっていきます。細胞分裂によるコピーが繰り返されれば、次第にDNAのコピーミスが積み重なっていき、蓄積された突然変異は、やがて細胞の寿命や遺伝子の発現に影響を及ぼすようになります。だからせっかく細胞が入れ替わっても、私たちは老化から逃れることはできないのです。新しいコピーにもこれまで生きた年月の重みが刻まれているのです。
細胞は、古くなったり傷ついたりすると、自己複製し常に新しい正常な細胞に置き換わることで、生命活動は維持されています。これらのことから考えると、我々の寿命を決定しているものは、細胞ということになるでしょう。だから、細胞がいつも新しく元気であれば、我々自身もいつも健康ですし、正常な機能を持った細胞が無限に分裂でき再生できれば、我々自身も一生死ぬことはないでしょう。
しかし、私たちの細胞分裂回数は、有限です。このことは、ヘイフリック限界と呼ばれ、人間の細胞分裂の回数の自然な限界をさしています。ヘイフリック限界がおとずれた細胞は、分裂することをやめ細胞老化と呼ばれる状態となり、やがてその細胞は死を迎えます。この細胞死がすなわち、我々の寿命ということになります。
ではなぜ我々の寿命は、ヒトという同種間で同じ細胞を持っているにもかかわらず、個々で寿命の長さが違うのでしょうか。細胞の分裂回数は、細胞の奥深く染色体の端にある「テロメア」(細胞が分裂する際、通常の染色体が末端から失われるのを防ぎ、情報の損失を防ぐ役割があります。テロメアが適切に機能していると、染色体が正確に複製され、ゲノム(DNAの全ての遺伝情報)の安定性が維持されます)と呼ばれる部分で決まっており、細胞分裂を繰り返すたびに「テロメア」の部分が短くなっていき、ある程度短くなると細胞はヘイフリック限界に達します。

実は、人間の細胞には必ずしもヘイフリック限界が存在しない細胞もあり、それらの細胞ではテロメラーゼが十分存在し活発に活動していることがわかっています。更に、がん、心疾患、認知症等の数多くの疾患や外観の老化に関しても、テロメアの減少と関連していることがわかってきています。したがってテロメアの長さを保つことができれば、人間の細胞の多くは、繰り返し分裂することができるはずですし、それにより寿命も延びることが期待されます。実際、運動や食事などの生活習慣の改善、日常のストレスを軽減によって、テロメアが伸びることも証明されています(東京医療保健大学)。
寿命の長さは、テロメアだけでなく、さまざまなストレスや傷も寿命を早めます。紫外線、活性酸素、毒物などでDNAが傷つきます。そのダメージが大きい、あるいは頻繁に起きると、細胞は「老化」状態に入り、分裂をやめさらに危険と判断されると、自ら死ぬ「アポトーシス」が起こります。このように、細胞は「これ以上続けるとがんになりそう」と判断すると、あえて寿命を早く切り上げる仕組みを持っています。
繰り返しになりますが、私たち人間は37兆個の細胞が日々新陳代謝を繰り返しています。私たちは、環境との関わりの中で合成と分解のバランスの中で個体として(細胞の塊としての私)生命活動が維持されています。福岡は、「生命とは『動的均衡』にあるシステムである」と言っています。その私たちを形作っている細胞は、一時も休むことなく入れ替わっています。即ち、細胞レベルでみれば、昨日の私と今日の私は異なります。福岡の言葉を借りれば、「私たちの身体は『通り過ぎつつある分子』が、一時的に形作っているに過ぎない」のです。
この為、私たちは常に環境との関わりの中で自分を維持しています。自分の身体に取り込むあらゆる物との関わりが命をつくりかえ最適化するようにしています。こうした視点で環境(食べもの、水、空気、陽の光等々)を改めてみたとき、これまでの環境問題(公害など)だけで済まない、誰でもが健康で暮らすことに関わることが分かります。別の視点に立てば、私たちは、環境との関わりの中で命をつくり変えているので、私たちの暮らし方や環境との関わり方で、自分の健康を変えることが出来るということでもあります。そうすると、私たちは自分の健康にもっと責任を持ち積極的に関わる必要がありそうです。
昨年の今頃、炎天下の中を一日中歩き続けるという行為は、紫外線などでDNAを傷つけ細胞の老化を早めたのでしょう。その結果が、ここ1年の体調不良を引き起こしたのかもしれません。今後、時間をかけて生命維持に最適化するよう『動的均衡』状態を意識した生活を営めば過度に進めてしまった細胞の老化を通常レベルに戻すことができるかも知れません。みなさんも、何か気がかりがあるときは、自分の生命活動を変えることが出来そうなので、生活習慣等を見直してみては如何でしょうか。

