プロアクティブの原則(求められる危機管理の意識転換)
私たちの行動の軸になる考え方として、『プロアクティブの原則』という、大事なテーマがあります。聞き慣れない言葉ですが、ビジネスや自己啓発分野で「プロアクティブ」(proactive)は、「受け身ではなく、自分から主体的に動く姿勢」を指して使われています。この言葉は、ビジネスや自己啓発分野のみならず、『災害の場面』でも使われるようになっていることを知り取り上げました。
プロアクティブの原則(Proactive Principle)とは、『問題が起きる前に先手を打ち、自発的かつ予防的に行動を選択・実行する』という考え方です。危機管理の文脈の中で、プロアクティブという言葉が初めて日本に紹介されたのは、阪神・淡路大震災の直後に政府がFEMA(連邦緊急事態管理庁)に派遣した政府調査団によってです。この調査団の団長であった国土庁稲川審議官は、「危機管理の要諦(事柄の核心を成す最も重要で避けて通れない要点)は、被害が出ているかどうか疑わしい時でも、まず行動を起こす」ことであり、このような「行動哲学」をプロアクティブと紹介しています。こうして阪神・淡路大震災後、このプロアクティブの原則に従った対応が強く求められるようになりました。
米国のFEMA(連邦緊急事態管理庁)は、情報が極めて限られる中でも、早急な判断を求められる場面も必ず出でくるとし、不確実性のある事象となる危機対応に際して、予防策や安全対策を優先する「プロアクティブの原則」に則った対応を強く求めています。
プロアクティブの原則とは、危機に直面した際に以下の三つの方針に基づいて対応することです。①疑わしいときは行動せよ。②最悪事態を想定して対応せよ。③空振りは許されるが、見逃しは許されない。プロアクティブの原則は、一言で言えば「状況に振り回される側ではなく、その状況をコントロールする側に回る」姿勢のことです。
プロアクティブの原則の核心は、端的な表現をすれば次の三つになります。
対比:「プロアクティブ(主体的)」vs「リアクティブ(反応的)」
考え方:反応的な人は、天気や他人の態度、環境(外部の刺激)に自分の感情や行動を左右されます。一方、プロアクティブな人は、「刺激と反応の間には選択の自由がある」と考え、自分の価値観に基づいて自発的に行動を選択します。
ビジネス・組織マネジメント分野におけるロアクティブの原則の考え方は、「課題が表面化する前に、予測して手を打つこと」を指します。
対比:「プロアクティブ(先手型・予防型)」vs「リアクティブ(後手型・対症療法型)」
市場や顧客のニーズを先読みする:顧客から不満が出る前に、サービスを改善する。リーダーシップの行動:指示を待つのではなく、自ら課題を見つけて提案・実行する。こうした対応による効果は、トラブル対応のコストが減り、競合他社に対して優位性を保ちやすくなります。
リスクマネジメント・危機管理では、安全管理やセキュリティの分野で、事故や災害を防ぐための根本的な原則として扱われます。
プロアクティブ(能動的): 過去のデータや予測を基に、リスクそのものをあらかじめ排除・軽減する。リアクティブ(受動的): 事故が起きてから、原因を調査して再発防止策を練る。
プロアクティブの原則とは、一言で言えば「状況に振り回される側ではなく、状況をコントロールする側に回る」という姿勢と言えます。東日本大震災の発災後、「想定外」という言葉が頻繁に用いられました。こうした当時の状況を振り返ってみると、阪神淡路大震災以降「プロアクティブの原則に従った行動が強く求められていたはずなのですが、「想定外」という言葉で済まされていることが多分にあったように思います。貴重な東日本大震災の教訓・伝承と言った時、多くは防災・減災の視点で語られます。しかし、「行動哲学」すなわちプロアクティブの原則で語られることは、ほとんど無いような気がしています。
東日本大震災から15年が経ち一部では風化が懸念され、東日本大震災を忘れないように教訓の伝承が語られています。こういう時こそ、何を学び何を後世に伝えるのかを、「行動哲学」プロアクティブの原則を現状にあてはめ、改めて検証し直すことが必用なのではないかと思います。このことが、多くの支援に感謝し、貴い生命に報いる私たちの取るべき姿勢『被災者責任』のように思います。
7月19日は、東日本大震災で被災した南三陸町が、町民が被災者支援の第一線に立ち、多くの被災者の寄り添うアウトリーチ型支援を行う為の組織『南三陸町津波被災者生活支援センター』設置運用を始めた日です。特段の行事が予定していされているわけではありませんが、私としては、この日に南三陸町に立ち、当時を振り返りながら、震災の教訓をどの様に後世に伝えれば良いのかを考える日にしています。また、当時(現在でもLSAとして継続)被災者支援の最前線に立った多くの町民の皆さんのことを思いだしながら旧災害対策調査を見下ろす震災記念公園で風に吹かれてきたいと思っています。




