講座『かじってみよう社会学Ⅱ』第10講 身近な社会学『コンサートはなぜあんなに盛り上がるのか』

人気歌手のコンサートの様子をテレビで観ることがあります。多くのファンが立ち上がり、手を振り頭を振り、体全体で楽曲に同化しています。推し活などには余り関心のない私には「狂気じみ」てさえ見えます。もし私のその場にいたら、キット浮いてしまうことでしょう。

社会学では、多数の人が一体となってとる行動を広く「集合行動」と呼び、そのうち特に同じ場所に集まって起こるものを「群衆行動」(crowd behavior)と説明しています。この説明からすれば、コンサートは正に群衆行動が起きやすい場ということになります。

社会学で集合行動は、次のように分類します。

①群衆行動:同じ場所に集まった人びとの行動を指し、事例としては、デモ、コンサートの観客、暴動等です。

②パニック:危険や不安からの混乱した逃避行動を指し、事例としては、災害時の一斉避難の混乱等です。

③ブーム・流行:広い範囲に散らばった人が同じ行動を取る様子を指し、事例としては、あるファッションやゲームの熱狂的流行等です。

④世論・デマ:離れた場所の人が同じ話題を共有することを指し、事例としては、SNSでの噂の急拡散等が挙げられます。

群衆行動には、単一の原因というより、いくつかの条件が重なって起こると考えられています。古典的な群集心理学や集合行動論などをまとめると、主な原因は次の四つに整理できます。

①共通の不満・不安・欲求の高まり:社会的不平等、経済不安、政治的不満、災害への恐怖など、似た感情や不安を抱く人が多いと、群衆行動の「土台」になります。例として、物価高や政治不信が続くとデモが起こりやすくなります。

②特定の状況や「場」の条件:同じ空間やオンライン空間に多数が集まりやすい状況があると、行動が一気に連鎖しやすくなります。例としては、祭りやスポーツイベント、満員電車、SNS上の炎上などです。オイルショックやコロナ初期のトイレットペーパー買いだめも、流言が広がる場と不安が重なった結果と分析されています。

③同調・暗示・新しい規範の形成:周りの行動に合わせる同調圧力(個人が集団の考え方・行動に合わせようとする心理的・社会的な力。異なる意見を控え、他者と同じ判断を選ぶ傾向が高まり、みえざる圧力として作用する)や、「みんなやっているから自分も」という心理的暗示が働きます。

④創発規範論:群衆の中でその場かぎりの新しいルールが生まれ、それに従うことで行動がそろうこと。最初からはっきりしたルールがあるわけではなく、参加者同士のやり取りの中から「その場のルール」がだんだん形になっていくと考えます。

⑤リーダーや情報の方向づけ:扇動的なリーダーや影響力のある発信者がいると、群衆の不満や不安が特定の方向に向けられやすくなります。古典的な群集心理学でも、群集心理の同質性が行動の原因になり、そこにシンボルや指導者が作用して行動が強まると指摘されています。

「赤信号 みんなで渡れば 怖くない」。これは、1980年代のお笑いコンビ「ツービート」が漫才で披露したネタで、集団心理をよく表しています。集団になると、人は個人のときとは異なる振る舞いをすることがあり、時にはそれが悲劇になることもあります。なぜ人は集団になると変わってしまうのでしょうか。

群衆行動は、災害時やイベント会場など身近なところで起きるので、少し基本を知っておくと役に立ちそうです。特に、私たちは、東日本大震災を経験しているので、その際の水や食料を求めてコンビニやスーパーに走った経験があります。水やカップ麺がスーパーの棚から一気に消えたのをみている方も多いのではないでしょう。

群衆行動の典型例としては、多くの人が一時的に同じ場所に集まり、共通の関心や状況に反応して起こす行動を指します。デモやパレード、ライブ会場、初売りセール、災害時の避難行動などが挙げられます。

この状態の特徴としては次のような点がよく挙げられます。①その場の雰囲気や周囲の人の動きに強く影響される②個人の冷静な判断より「みんながやっている方」に流れやすい③短時間に一気に高ぶったり混乱したりしやすい。

この時(群衆の中にいるとき)の心理状態の特徴は、心理学では「群集心理」や「群衆心理」という言葉で説明され、多数の人の中にいることで、普段よりも過激・衝動的な行動に出やすくなるとされます。サッカーの試合で、負けた方のファンが物をグランドに投げたり、物を壊したりする様子をテレビで観ることがあります。また、些細な不安から発した言葉が誇張されデマになり買い占めが起きたりします。こうした現象は群集心理の事例として語られます。

群衆の中では、心のスイッチが変わると言われます。群衆の中では「自分は多数のうちの一人」という感覚が強まり、普段の「私」という意識が弱まります。社会心理学では、「脱個人化」と呼ばれ、匿名性と責任感の薄れが攻撃的行動や衝動的行動を出やすくするとされています。その場の「みんなの雰囲気」や「その集団の当たり前」が、自分のブレーキ(自制心)よりも優先されやすくなります。人が集団の一員だと感じると、「私」より「私たち」の感情が優先されやすくなります。集団に属しているという感覚や一体感は、集団の感情に自分の感情を合わせる働きを持ち、結果として群衆全体で似た感情が共有されやすくなります。

更には、感情と行動の感染が起きます。群衆では、怒りや不安、興奮などの感情が人から人へと「感染」しやすくなります。周りの動揺した表情や大声、走り出す人を見ることで、自分も危険だと感じて同じ行動を取るようになり、その様子を見た別の人がさらに反応することで、雪だるま式に強まるのです。「感情の伝播」と呼ばれるプロセスが、群衆全体の行動を一方向に加速させます。このことは、最近の神経科学でも説明されています。自分の感情と他人の感情の情報を同時にもつ脳細胞が確認されており、他者の恐怖や不安を見て、自分も怖くなる「情動伝染」が起きることが示されています。

一方、近年の研究では、群衆を「思考停止した集まり」とだけは見ない見方も強くなっています。災害時の避難やデモなどでは、「同じ目的を持つ私たち」という社会的アイデンティティが共有され、それに沿う行動が一気に広がると考えます。つまり、単にバラバラな個人ではなく、「同じ仲間」(共通の「私たち」が生まれる)と感じることで、助け合いや一体感も含めた行動が一斉に強まります。いわゆる災害ユートピア現象です。『災害ユートピア』(大災害の直後に、人々が強い連帯感と助け合いの精神を発揮し、一時的に「理想社会のような状態」が生まれることを指します。:レベッカ・ソルニット(Rebecca Solnit , 1961年6月24日生まれ 著作家が提唱)は、東日本大震災でも多くみられました。こうした様子が海外にも報道され、諸外国からは日本人の振る舞いに多くの賞賛が寄せられました。しかし、残念ながら「喉元過ぎれば・・・」も現実で、当時の経験が活かされ持続して新たな地域社会づくり・地域活動に発展しているケースもあれば、当時のことがすっかり忘れ去られているケースもあります。

私たちは、日々暮らしている中で、個人一人で行動する場合や意図的又は偶然に多くの人の中で行動する場合があります。個人で行動する場合(「行為」:何らかの考え、思考の反映としての行動)は、問題ないのですが、集団の中に入ると、自分の意識を超えた振る舞いに駆られることがあります。『群衆行動』です。この為、群衆の中にあるときは、このことをしっかり意識して自分の振る舞いのあり方を考える必要があります。ここでは、群衆の中にあるとき、どの様な影響を受けるのかを概観してみました。ここで書かれていることを頭の片隅に置いていることで、集団に流され意図しない自分になることは、避けられるのではないかと思います。

参考図書『災害ユートピア』
地域住民が自発的に開設した避難所(旧本吉町前浜地区)
地域の方々が知恵を出し乗り切った
選択ボランティア(隣町のコインランドーリーに持ち込む)

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