保健体育 講義 第15講『もし私が認知症になったら望むこと』
2026世界アルツハイマーデー記念講演(2026(令和8)年9月12日イズミティ21)で行われた南髙まり氏の講演『父(認知症専門医長谷川和夫)との対話~気持ちを伝えるあうケア・暮らしの中で学んだこと~』に参加してきました(参加者440名)。その中で、長女南髙まり氏の言葉やビデオを通して約20年ぶりで現役バリバリの頃の長谷川和夫先生とお会いすることができました。講演の中で印象に残った言葉を書いてみます。そのことで、読んでいる皆さんの認知症観に何らかの変化が生まれるのではないかと期待して書き綴ります。
認知症の専門医・研究者長谷川先生が自分自身認知症になってからの言葉
・生きている限り生きぬきたい。生かされるのではなく生きたい。自分の意志で生きたい。
・ぼくには今しかない。ぼくにもあなたにも、今を生きることがよく死ぬことにつながる。死は一回だ。悔いなく死にたい。
・認知症の理解を促す為に、自分の身体を道具にして人様の役に立ちたい。
・自分は変わっていないのに、周りの人達が変わってしまう。
・認知症にならないなら、ピカピカだからそれに越したことはない。でも、認知症になったからこそ分かったこともある。
・(転倒して骨折し座る生活が長くなっていた時の言葉)立った時、人間になったような気がする。
・他人様の前で、同じことを何度も話しているときは、そっと教えて欲しい。でも桜がきれいな時などは、何度言っても良いだろう。
・(骨折をして自室に閉じこもりがちになったときの気持ち)自分は消えてしまいたいと思った。自分の周りから人が離れていき、一人になってしまう。
・(医師から回復の可能性を知らされリハビリに励むようになったときのこと)目標を持つとポジティブになる。
長谷川先生死去1ヶ月前のビデオ(2021年11月13日死去 享年92歳)
音が低いです。ボリュームを上げて聴いて下さい。
長谷川先生の映像は、確かに弱っているとは言え、語尾を濁さずはっきりと語っています。この印象は、20余年前に直接お目にかかってお話しをしたときと、全く変わりはありせん。認知症に対する飽くなき探求や傾ける情熱、人に対する尊厳等々、目の前で語っているかのようでした。長女南髙まりさんを通して今に蘇らせて頂いた感じです。京都大学の故外山義先生そして認知症介護研究・研修センター名誉センター長故長谷川和夫先生。このお二人は、私が現職の時、認知症も含んだ高齢者福祉施策を進めるときの心の師と仰いでいました。
京都大学の故外山義先生とは、宮城県内の高齢者施設整備において、外山先生の設計思想でモデルになるような施設をつくりたいと、先生の助言を頂きたく京都大學までお願いに行ったことを思い出します。研究室で一通りお話しした後、『お茶さん』で話を詰めようと言われ、私は喫茶店に行くのかと思ったら全く違って、高級な小料理店の様なところでした。トイレに入って財布を見ながらヒヤヒヤしたことを思い出します。その後、ユニットケア全国フォーラム等で何度もお目にかかり、その都度助言を頂いていました。若くして死去されたことが悔やまれます。
故長谷川和夫先生とは、認知症に関する様々な学会でお会いしていました。そのご縁で、共生型グループホーム全国大会を宮城県で開催する際に先生をお呼びし、共生型グループホーム『ながさか』にご案内し、様々ご指導を頂きました。その時、先生は私を介護の専門職と思っていたらしく、後で、共生型グループホームの立ち上げに関わった事務職だと知りビックリしていたと聞きました。
このような幸運な巡り合わせで私は高齢者福祉施策を進め、更には地域福祉を展開する際に大いに役立ちました。こうした深い関わりあった故長谷川先生と再びお会いできたことは、この上ない喜びだし、改めて高齢者福祉を地域社会の中で展開することの大切さを感じ取った貴重に時間でした。企画者にただただ感謝です。そして長谷川先生を蘇らせてくださった長女南髙まりさんに心からお礼を申し上げます。有り難うございました。
