秋の彼岸で食べる栗ご飯とおくずかけ
今日(9月20日)はお彼岸の入りです。お彼岸の習慣は、仏教の「彼岸」思想と、日本古来の「太陽信仰」や「農耕文化」が結びついて成り立っている日本独自の行事で、他の仏教国には見られない伝統です。彼岸(ひがん)とは、悟りの世界、極楽浄土(あの世)。此岸(しがん)とは、煩悩に満ちた現実世界(この世)、私たちが今いる世界です。
なぜこの行事を春分・秋分の日に行うのかということです、春分の日と秋分の日は、昼と夜の長さがほぼ同じになります。仏教では、阿弥陀如来がいる極楽浄土(極楽浄土)は「真西」にあるとされています。春分・秋分は太陽が真東から昇り、真西に沈みます。このため「あの世(彼岸)とこの世(此岸)が最も通じやすくなる日」と考えられ、ご先祖様を供養するのに最も適した時期とされました。このために、お彼岸の行事は春分・秋分の日に行われるのです・
宮城県に住む私たちは、秋のお彼岸に栗ご飯とおくずかけを食べます。「栗ご飯」と「おくずかけ」の組み合わせは、仏教的な風習(精進料理)と地域特有の農産物・特産品(白石温麺や秋の収穫)が結びついて定着したものと言われています。
おくずかけは、精進料理と特産「白石温麺」の融合です。「おくずかけ(お葛かけ)」は、数種類の野菜、高野豆腐、油揚げ、干し椎茸などを出汁で煮込み、片栗粉やくず粉でとろみをつけた汁物です。具材として短く折った白石温麺(しろいしうーめん)が入るのが最大の特徴です。
お彼岸やお盆は先祖を供養する期間であり、殺生を避ける精進料理を食べる習わしがあります。肉や魚を使わず、昆布や椎茸の出汁に根菜や豆腐類を合わせたおくずかけは、まさに精進料理の条件に合致しています。また、葛や片栗粉でとろみをつけることで冷めにくくなり、秋の彼岸時期の肌寒くなる季節に適しているほか、具材と汁がよく絡んで旨味を逃さないという工夫から生まれました。
江戸時代から宮城県白石市で栽培・製造されてきた「白石温麺」は、油を使わずに製麺されるため消化に良く、保存性も高いため、法事やハレの日の行事食として重宝されて、おくずかけには欠かせない食材です。
栗ご飯は、秋のお彼岸(中秋)と「収穫への感謝」が根底にあります。春のお彼岸には「ぼたもち(牡丹餅)」、秋のお彼岸には「おはぎ(萩の餅)」を供えるのが一般的ですが、宮城県をはじめとする東北の一部地域では、秋のお彼岸に「栗ご飯」を炊いて仏壇にお供えし、家族でいただく風習があります。また、私たちには、初物」を仏様・先祖に捧げる風習があります。秋のお彼岸(9月下旬)は、ちょうど栗が収穫のピークを迎える時期です。日本では古くから「初物」をまず仏様や神様にお供えし、収穫の感謝を伝える文化がありました。初物を仏様にお供えし、それから私たちが頂くという考え方は、仏様と一緒のものを頂き仏様と一体化するという考えがあります。小豆やもち米と並び、実りの秋を象徴する「栗」を使った栗ご飯は、農家や家庭にとってごちそうであり、ご先祖様へのお供え物として自然に定着していきました。
お彼岸という「ご先祖様を供養する行事」において、「殺生を避けたあたたかい汁物(おくずかけ)」と「秋の恵みである主食(栗ご飯)」は、栄養バランス的にも季節的にも非常に相性の良い組み合わせでした。また、親戚やご近所が集まることの多いお彼岸の時期に、大鍋でたくさん作れるおくずかけと、お祝い感のある栗ご飯は、大勢にふるまう郷土の「おもてなし料理」としても非常に都合が良かったと考えられています。地域で手に入る食材と、先祖や自然の恵みに感謝する気持ちが合わさって誕生した、宮城県ならではの温かい食文化です。こうした習慣は大切にしたいですね。
我が家でも今朝は栗ご飯におくずかけでした。隣の娘夫婦と孫にも栗ご飯とおくずかけをあげました。娘の夫は、関東の方なのですが、このおくずかけがたいそう気に入り、鍋ごと持っていきました。栗ご飯のおくずかけは仏壇と私たち一食分だけで、残りは全部お隣の娘夫婦が食べます。孫に祖母の味をしみこませる良い機会なので、納得しています。
お彼岸と言えばお墓掃除と栗ご飯・おくずかけ。そんな程度のお彼岸です。でも、こうした仏事を通して故人とあったり食の恵みに感謝する機会として続けたいものです。といっても、私はお墓掃除でお経を唱えるだけの役割ですけどね。

