あえて遍路道を選んで歩を進める(3月18日/6日目)

軽めの行程の二日目です。駅前の繁華街をとおり10キロ前後にある18番札所恩山寺と19番札所立江寺との2霊場を巡拝します。それ以降は、田畑の中を歩く遍路道を積極的に選んで、四国第二の難所といわれる20番札所鶴林寺近くの宿を目指します。

お遍路宿のある勝浦町の地域興し(町中に人形)

皆様からの感想・ご意見などをお待ちしています。

あえて遍路道を選んで歩を進める(3月18日/6日目)” に対して5件のコメントがあります。

  1. ハチドリ より:

    6日目もお疲れ様でした。
    写真,とてもかわいいですね。勝浦町の地域興しは,さまざまな場所に「町中に人形」なのでしょうか。思わず笑顔で手を振り返したくなる,こういうのが町中にあったら楽しいでしょうね。

    さて,弘法大師様の『17日間にわたって女人禁開の秘法を修し、母を山内に招き入れ孝養をしました』というお話。『法力』とはどういう意味かを調べたら
    ①仏法の威力,仏法の功徳の力 
    ②仏法を修行して得られた不思議な力 とありました。
    先生が書かれていた「こうした縁記は、もっとも身近な生命の根源である父母の恩に感謝し孝養を尽くすことは仏法そのものだということを伝えているように思えます』という文章,今自分のことだけではなく,これからすべての人のためにと秘法を修めたのではないかと,しみじみ思いました。(17日間はすごいスピードと思いますが!)
    ですので,『法力を母に会うために使ってイイノスカヤ(ロシア語風に)』➡「イインデガス(宮城弁)」

    そして,もう一つ。古くからのお遍路道に「義経ドリームロード」と名付けられているところもとても気になりました。確かに「ドリームロード」というカタカナ表記は似合わないような気もしますが,賛否両論いろいろあって,議論の末に決定したのだと思います。

    源義経にまつわる伝説が詰まった徳島県小松島市の歴史街道を『義経街道』と呼び,義経ゆかりの地を結ぶ約10㎞が「義経ドリームロード」と名付けられたようですね。案内板や道標が設置され,義経にまつわる伝説の場所が多く残されており,その史跡やロマンを求める人々に親しまれているようで,源義経に興味のある人はその10㎞を1日かけて楽しむのでしょう。

    四国八十八ヶ寺に四つある関所寺の一つである,『私たちの行いが理にかなっているのかはずれていないか、よこしまか正しいかを見分ける』19番札所立江寺,ドキドキしますね。でも,御朱印ももらえて関所を越え,前に進めてよかったです。きっと法力の持つ力は変わっていなかったと信じています。

    今日は朝から雨で,一日中ポンチョを被って歩いたそうですが,『菅笠姿にはチョット馴染まない感じがした』とのこと。リュックの上から羽織れて,形は楽天イーグルスのポンチョと似ているのかなと思いますが,あとは色でしょうか。う~ん,白の菅笠姿には薄いベージュとか白っぽいのが、雨の日にしっくりくるかな・・などと想像しちゃいました。

    さて,後段に書かれていたこと。私達は、後世の為にどのような投資ができているのでしょうか。

    うぅ・・,後世のために私は何をやっているのかとちょっと考えてしまいました。今はお隣近所や地域の人たちとのつながり作りや子供たちも美味しい野菜が作れるように畑の土づくりをしていることかな。小っちゃな小っちゃなことです。

    今日はバテバテとはならずに歩けましたね。泊まったお宿のみかんのおせったいは嬉しかったでしょう。3月,こちらでも食べるあのオレンジ色の普通のみかんでしたか?お風呂でも食べたのですね。それは良かった,良かった( *´艸`) (笑)

    さて,明日は遍路ころがしが二つ続き,距離も21kmととてもキツイ行程となりそうですね。第一関門越えまでもう少し!頑張ってください。

  2. 阿部 優 より:

    6日目おつかれさまでした。
    遍路道の写真を見ていつも思うのですが、前後の傾斜はいいとしても左右の傾斜はやめてあげて!と言いたくなります。いかにもグネりそう。

    今日は朝から雨でしたか。雨の中を20Km歩く姿は、きっと恰好よかったことでしょう。
    晴れだろうが雨だろうが生き続けるのが人生です。とかく雨を敬遠する人が多いです。天気予報でも、今日はあいにくの雨です。とか放送しています。生憎って。恨みでもあるんですか。日本では年間100日、約1/3が雨です。雨を好きになったほうが、しあわせです。だから僕は雨も大好きです。

    後世の為にどのような投資ができるかの課題。
    ずさんな手抜き工事の高速道路、トンネル、橋、上下水道管などのインフラは後世に負の遺産を遺している。旅行支援だけではなく、負の遺産を減らす事業にもっと注力してほしい。
    そろそろ各省庁が無理やり予算を使い切り、来年度の予算の取り方を計画立てる時期なので、なお更そう思う。

    【本間さんあるある】
    ① あえて遍路道に行く
    ② 弘法大師の法力の使い道に厳しい
    ③ うまいものは先に食べちゃう

    本日もありがとうございました。おん かかかび さんまえい そわか!

    1. ハチドリ より:

      阿部さんの【本間さんあるある】に思わず,クスッ!
      特に
      ②「弘法大師の法力の使い道に厳しい」と
      ③「うまいものは先に食べちゃう」 には
      言い得て妙なりと(笑)(笑)

  3. スマイル より:

    いくこさんもコメントしていましたが、記事の後半『私がまだ20代の頃、大学で社会保障論の授業を受けているとき、教授から「制度の充実という名で、私たちの生活の隅々まで行政が入り込むのを君たちは良しとするのか」という問いかけがありました。地域福祉やコミュニティ再生等々を様々な場面で考えていくことの多い私は、あの時から半世紀経った今、その問いの重さを感じています。』という文章に続くところこそ、本間先生の紀行文の真骨頂だと思い、私も心に刻みました。
    それから、これもまたいくこさんと同じく『法力を母に会うために使ってイイノスカヤ』の部分について、私は決して「自分の母のため」だけではなかったのでは、と感じました。すべての人の「母」のため、時代が変わっていく象徴として「男女の区別をなくす」ためであったと感じると同時に、人はまず「自分」そして次に「手を伸ばして届く人」・・・という順番でできることをやっていくのが自然である、というありがたい教えのようにも思いました。きっと弘法大師は、そうやって行く先々で、そこの人々の悩みや苦しみに耳を傾け、その場でできることをなさったのではないかしら。だからこそ、あちこちで大師様のお話がありがたく語り継がれているのではないか、と。
    私もまずは今日の自分をご機嫌にしたいと思います。「不機嫌」でいるよりも家族や社会のためにわずかでも貢献になるはずだと信じて・・・

  4. いくこ より:

    『法力を母に会うために使ってイイノスカヤ』お言葉ですが良いんです、と珍しく反論してみます。母と言うととても個人的なことに思えますが、自分の母という枠を外してみると、望みを叶えてやってその後の社会貢献に繋げたということではないですか?公僕としてご自分を後回しにされてきた先生ならではのお言葉とありがたく思いました。
    今回も深く心に刻む一文をありがとうございます。『地域社会は、誰かがつくるものではなく、私たち一人ひとりの暮らしの営みの姿の現れです。その暮らしの営みを国等の行政に依存し過ぎると、結果として私たちの暮らしが行政に左右される、行政なくして生活が成り立たなくなります。そんな社会にならないようにするためにも、先人は百年先を見据えて行った振る舞いに学ぶべきことが多いように思います。400余年前の道標を見る時、後世の人々の暮らしのために残せるものは何か、豊かな社会とはどのような姿なのか等々を考えさせられます』
    そのように考えて暮らしていきたいと思います。

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