プチ誕生秘話(結の里)

東日本大震災で南三陸町は甚大な被害を受けました。介護施設等の社会資源も同様に被害は甚大でした。介護サービスの停滞は、施設入居者及び在宅で暮らす要援護高齢者を直撃し、日増しに身体的精神的社会的介護状態が低下して行き、待ったなしの状況に追い込まれていました。そのような状況下で入所型の介護施設は、国の補助制度を使って早い段階で復旧に着手して行きました。一方、在宅生活を支える介護サービスは、対象者の広域避難や介護職員の離散などにより、南三陸町での事業展開はなかなか難しい状況にありました。この為、登米市の介護事業サービスを使うなどして急場をしのいでいました。こうした中で、早急に南三陸町内に在宅サービスを提供する事業の再開が急務で有り、同時に将来への負担を先送りしないサービス事業所の整備が必要だと考えました。

そこで提案したのが「福祉モール」です。私たちが日常目にするのでは、様々な業種のお店が一ヶ所に集まって、一ヶ所で全てのお買い物ができるような、郊外にある「ショッピングモール」、様々な診療科の診療所が集まっている「医療モール」等がわかりやすいかと思います。簡単に言えば「医療モール」の介護版です。

私の考え方は、様々な在宅支援介護サービスが一ヶ所に集まることで「利便性」を持たせると言うことだけではなく、介護サービスが包括的に提供できることにより、在宅の暮らしを維持しつつも、入所型介護サービスに近い安心を享受できる環境を整えられると考えたのです。ワンストップ型の在宅サービスを整えれば、特別養護老人ホームの持つ機能をそれぞれの事業者が分割して受け持つので、全体としては特養と同程度の機能を持てるのです。加えて、そのことは、生活を丸抱えする特養と比べると、介護に要する社会的コストを大幅に低減できます。

更には、新規の設備投資が低く抑えられるので、志のある町民が新規参入や従来の事業者の早急な再会を促すことができます。特養を一ヶ所整備すると、広大な土地と8億円から10億円の建設資金を必要とします。これだと、地元の志のある若者が新規に事業所を立ち上げるのがほぼ不可能です。しかし、福祉モールであれば、建設費及び日々の事業運営経費の共有をすることも可能で有り、「お金がないけど志はある」この様な若者の想いを実現させることができるのです。

こうした事業企画を震災の年の12月に行政に対して行っています(別添参照)。その後、土地の確保は早い段階で提案し、災害公営住宅予定地の真ん中に確保して頂くようにお願いしました。前述の様に、災害公営住宅で暮らしていたとしても、直ぐ近くに福祉モールを設置することで、包括的な在宅支援サービスが提供され、より長く地域生活が可能になるからです。

しかし、現実はトントンとは話は進まず、特に財源として考えていた津波復興拠点整備事業(国庫 10/10)の優先順位が町では低く設定していたので採択に見込みはなく、財源の確保が大きな課題となってしまいました。この為、CSRで南三陸町に入ってきた企業さんへの資金提供をお願いするために事業計画のプレゼンテーションを行うなど様々な活動を展開しましたが、そんなに上手くは進みませんでした。

この間、在宅サービス事業者は、事業化するのをそんなに待っていることはできず、小規模ながらそれぞれの場所で再開し始めました。時を同じくしいて、事業内容を詰めていく過程で、行政からは事業規模の縮小等を求められ、当初想定の「福祉モール構想」からは大きく後退して行きました。

それでも、在宅福祉の三本柱の一つであるデーサービス及び在宅介護の設計を行う居宅介護支援事業所は残し、最低限の事業は行えるようにしています。同時に、面積が少なくなりましたが住民の居場所となる「地域の縁側」又は「社会的居間」の機能を持たせることには最後までこだわり基本設計に盛り込んでいただきました。また、縮小版福祉モールの設置場所は、何度か別の場所への変更が取りざたされたのですが、その都度趣旨を説明して現在地にこだわり現在の場所での整備を死守しました。

面積が少なくなった分は、災害公営住宅の集会所に隣接させ、その間をオープンデッキで繋ぐことで、交流のための面積を補い、多目的に使用できるように設計していただきました。この為、災害公営住宅集会所、オープンデッキ、災害公営住宅の真ん中にある広い庭、そして後の「結い里」が一体的に使えるような配置を実現したのです。

この様な紆余曲折を経ながらも、地元社会福祉協議会の最後までぶれない住民への想いが、現在の「結の里」実現を果たしたのです。当初予定したよりも少しだけ時間は掛かりましたが、その時間を無駄にすることなく、住民への問いかけに使うなどして、結果的には、住民参加を促すための大切な時間になったように思います。

この間、多くの方々に支援して頂きました。特に、災害公営住宅の整備に関わって頂いたUR都市機構の皆さんと関係する皆さん(結の里の皆さんは「東京チーム」と呼んでいます)には、現在でも関わって頂いています。

この様にして、他に類を見ない在宅介護を支える場、被災者支援の場そして地域福祉推進の場として、現在の「結の里」が2018(平成30)年4月日に開所しました。今、私たちが目にする「結の里」は、この様な経過を経て奇跡的に誕生した類い希な空間なのです。そして、そこに魂を入れているのが、常に地域住民を主役にして自らは「見える黒子」として振る舞っている社協職員と奇跡のおばちゃん達なのです。

結の里開所式(2018-04-27)
恒例の餅まき

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