2025(令和7)年の記録(概括編)

年の瀬を迎え、今年もこの1年を振り返ってみました。特段、変わったことがないような気がしたのですが、多々ありました。時が流れ過ぎていくと、遠い過去のことのように思ってしまうのですが、こうして書いてみるとつい昨日のことのような感慨になります。

今年は、三年越しで実現できた小・中学生への漢字一字の提供ができたので、今年の締め括りに私の漢字一字を紹介します。

私の令和七年漢字一字は『著』(あらわす)でした。四国八十八ヶ寺歩きお遍路の一期一会を書き表し書籍として出版したので『著』を目標にして歩めた一年として締めくくれます。この年齢で初めての書籍出版です。でも、実際は、多額を投じた自己満足の「自費出版」なので、大きな声で言えるようなものではありません。それでも、私としては納得の自費出版なので、ここに掲載しています。

漢字一字と同時に掲載しているのが、この一年の印象に残る事柄です。何年後かにこれを読んだときどのような気持ちになって振り返られるか分かりませんが、当時を辿れる記述として読めることができれば良いと思っています。

この他、各月ごとの出来事を列挙しているものもあるのですが、それを挙げると私の日常が丸裸になるので、其れは止めます。

令和七年 漢字一字(早坂師範揮毫)
令和3年 漢字一字(早坂師範揮毫)
紀伊國屋書店新宿本店
金港堂書店(仙台駅前アエル)

皆様からの感想・ご意見などをお待ちしています。

2025(令和7)年の記録(概括編)” に対して3件のコメントがあります。

  1. 栗原市民 より:

    鈴虫さま
    皆さま 
    私も久々のコメントです。

    鈴虫さま とでも大変な時をお過ごしされ、また乗り越えて今 新しい一年をスタートされましたね。
    コメントの中に こう書いてありました。

    『これまでは幸運に恵まれて生きてきたように思います。それだから、感謝も謙虚さもまったく足りていなかったのです。この度の出来事は、私自身にはなんの力も無く、何もかもが人様の助けで成り立っていた、この弱々しいちっぽけな私を自覚しました。』 

    人はオギャーと生まれたら、どんな人でも
    必ず皆平等に死を迎える日が来ます。

    幸せとは?不幸とは何かをとても考えさせられた事がありました。

    私の弟は、3年前 膵臓癌の告知を受けて、2ヶ月少しで逝きました。
    最期を自宅で看取ったのは、20代の娘2人です。(私からは姪)
    娘達の母、弟の妻は、20年も前に
    子宮癌で、4歳 1歳の娘を残し逝きました。その娘達が今度は父を看取り送りだしました。
    姪達2人、余命宣告された日に、絶対に泣かないと二人で誓ったそうです。

    20代の姪達2人 今 何故に自分の足で立っていられるのだろう。
    その二人が気丈に立つ姿に、私の方が耐え難く苦しんでいました。

    幼い時に母を亡くし、また父も亡くし 残された姉妹はやはり不幸なのでしょうか? 不幸と決めるのは誰なのでしょう?

    弟の妻が亡くなった後、私は姪達をかわいそう、母を亡くした二人はかわいそうと思ってばかりでした。

    その時に、弟が言った一言は、母親が病気で死んでしまったからと、何で勝手に不幸な子だと決めつけるのか?
    かわいそうな不幸な子でない。勝手に決めるな と一言。
    その時に初めて 幸せとは何かを弟が教えくてた気がします。

    姪にだけ気にかけてしまいましたが、私の両親は健在です。もう かなり高齢ですが、両親も同じ、実息子、息子嫁に先立たれ、二人の気持ちをしっかり汲んであげる事まで私にも余裕はなかった事を後悔しています。

    大切な息子さんを亡くされたことのお辛さは、はかり知ることは出来ません。励まし力になれたらと、ただただ願っています。

    人は皆 どんな人でも死は平等に必ずやって来ます。
    自分の生き方、振る舞いで変わることはないです。 

    幸せは自身て実感出来るものてす。
    しかし 不幸だと決めるのは、誰なのでしょうか? 

    1月12日が弟の命日 3年が経ちました。
    昨年は、私も思いかけずに色々ありました。亡くなった弟に代わって、実家の家業を引き継ぎました。
    20年勤務した職場を退職。一大決心です。実家を引き継ぎ、順調かなぁと、大丈夫やれると自信がついた頃に、なんと 私も癌が見つかりました。現在治療中です。

    きっと 世間では、不幸な家系と言うでしょう。
    でも 私は不幸ではありません。

    そして、治療中ではありますが、家業は順調で休業はせずに、これまでの繋がりで、時間かとれる知人が手伝って下さいます。
    一日一日、繰り返しの毎日の中に、幸せは
    沢山あります。
    様々 大 小 ありますが、この幸せも 私は皆平等に与えられていると思いますよ。

    長くだけなり、話しがあち、こちまとまらない コメント返信で、失礼しました。 

    一年スタートしたばかり、頑張りましょう。 幸せは 皆にありますからね。

    1. 鈴虫 より:

      栗原市民さま
      温かい励ましの言葉をありがとうございました。
      歳を重ねてくると思いがけないことが起こるものだと、しみじみと感じたり時には呟いたりしています。
      栗原市民さんと弟さん、そして姪御さん達の波瀾万丈のお話に目頭が熱くなりました。
      それでも人は生きている。その逞しく踏ん張る姿に勇気を分けて頂くようです。

      私は人の寿命というものは、元々決まっているのではないかと考えるようになりました。長い短いも濃密さも皆決まっているのではないかと。
      自分では何とも出来ない、だから仕方がない。亡くなったものは仕方がないのだという思いがある日スッと降りてきて、私は心が救われました。
      私は次男との急な別れによって未知の領域に足を踏み入れたような気持ちなのです。
      今なら、私と同じ経験をした人の悲しみを理解して心から寄り添うことが出来ます。
      人として少し奥深くしてもらったようです。
      これからも私自身にも何方にも、いつ何が起こるかわかりません。そうだからこそ今日という日を精一杯に生きること、限りある命を煌めかせて生きること。
      そうすることが先に逝った大切な人に対する感謝の伝えかたのように思います。
      栗原市民さんのおかげで、またひとつ気持ちの整理が出来ました。
      幸か不幸かは自分が決める、その通りですね。負けずに顔をあげて、一歩一歩いきましょうね。
      寒さ厳しくなってきました、どうかお身体お大事になさって下さい。
      ありがとうございました。

  2. 鈴虫 より:

    新しい年を迎え、久しぶりにじっくりと読ませて頂きました。
    一年分の総括をしっかりと記録しておくことを習慣にされて素晴らしいです。これがまさに先生のおっしゃる時を刻む生き方なのでしょう。私は三日坊主で「いいな」と思うだけで実行が伴わないし、続かない。

    そんな私にも生涯忘れることのないことが起こりました。すべて何事にも意味があり、今の私に必要な?今の私だから降りかかる出来事というものがある様に思える出来事でした。「困難とは、その人が乗り越えられるだけの困難しかやってこない」などと聞いたことがあります。出来るならそんな人に選ばれたくはないのですが。

    しかし、幸せも不幸もある日突然やってきます。そして困難に打ちのめされたときこそ、人として一皮剥ける機会なのではないかと、ようやく考えたりしています。貴重な経験を重ねたというよりは、一皮剥けて深部が顕(あらわ)になっていくような感覚、無駄なものがそぎ除かれシンプルになる感覚です。

    何だか自分の世界に入ってしまいました。私は昨年の秋に息子の急逝により奈落に堕ちました。そこからもがき苦しむ日々が続きました。同時に、そうした中にあって、自分自身を深く見つめ、遅まきながら私という人間を理解しはじめたように思います。

    振り返れば、これまでは幸運に恵まれて生きてきたように思います。それだから、感謝も謙虚さもまったく足りていなかったのです。この度の出来事は、私自身にはなんの力も無く、何もかもが人様の助けで成り立っていた、この弱々しいちっぽけな私を自覚しました。

    こんな私は今、何とか自分の両脚で地面に踏ん張り、寒風に立ち向かう自分でありたいと心に誓いを立て、奈落の底から這い上がろうとしています。

    これまで地域福祉研究所のhpにお邪魔して沢山の学びを頂いていたことが総じて今現在の私を支え、助けられていると感謝申し上げます。これからも感謝の気持ちでコツコツと行きます、宜しくお願い致します。先生は、hpへの返事(返信)を『お布施』だといつか書いていました。そうであるのであれば尚更、自分自身の精進の為に、そして亡き息子の供養もかねて、機会ある毎にお布施(返信)を積みたいと思っています。

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