気になる地名(伊予の国(愛媛県)石鎚山)

先週のNHK朝ドラ「らんまん」(第99話)を観ていたら、聞き覚えのある地名が出てきました。伊予の国「石鎚山」です。失意の底にいた田邊教授(要潤)は、妻・聡子に背中を押され、植物の研究に本腰を入れるようになり、学生たちと植物採集旅行へ出掛けます。その採集旅行(フィールドワーク)で見つけた原生林に咲き誇っている黄色い花は、新種かもしれない花というものでした。同時に、虎鉄は「高等小学校の修学旅行で伊予の石鎚山へ行きました。美しい花をつけた葉の大きい植物を見つけましたので、お送りします」と手紙と共に植物標本を万太郎に送るというもので、同時に「石鎚山」が出てきたのです。

何か聞き覚えのある「石鎚山」でした。歩いたルートを地図を広げて辿ってみたらありました。44番札所大寶寺から45番札所岩屋寺に向かう峠御堂遍路道途中に進行方向によく見えた山が、西日本最高峰の石鎚山(1,982m)でした。確かに思い出すとそう遠くない場所に険しい山がありました。

伊予・石鎚山への採集旅行から新種かもしれない花を持ち帰った田邊教授 その黄色い花は、原生林に咲き誇っていた。峠御堂遍路道そのあとの八丁坂という、大変キツい行程だったし、遍路道から「石鎚山」への登山ルートが何度も表示されていたので覚えていたのかもしれません。

60番札所横峰寺では、宿坊に泊まったので朝のお勤めの時に、朝靄の中で付近のお寺から梵鐘の音が聞こえる中、ほぼ目の前に雲を突き抜けて見えたのが「石鎚山」でした。

父のお墓参り

私は、テレビを観たりや新聞を読んだりしているときに、目をとめる地名があります。それは北上町(現在の石巻北上)と鹿児島県霧島市です。北上町は、私が公務員生活を歩み出した場所であり東北学院大学に通い、今日まで続く学びの原点・出発点です。また、霧島市は、母のお兄さんが住んでいた町で、今でもそのご子息と親戚付き合いをさせていただいています。霧島市は、桜島の噴火や台風の通り道になることが多く、そのたびに不自由はないか電話を入れたりしています。実は、一度もお目に掛かったことはないのです。

これらの地域に加えて息子の住む東京台東区は、地震や風水害の危険があるときの警報が届くようにスマホに設定しています。

思い出す土地に我が実家の中新田が出てこないところが私の闇なのです。薬莱山は、加美富士と呼ばれる標高553mの独立峰です。周辺に何もないため、大崎平野の古川市辺りからも端正な姿が望まれます。お姫様が横たわっているという伝説や名前に関する逸話が多く、信仰の山でもあります。

また、鳴瀬川は、その源を宮城・山形県境の船形山(標高1,500m)に発し、奥羽山脈の水を集めて東へ下り、加美町(旧中新田町)付近で田川・花川等を合わせ、大崎市古川付近で多田川及び新江合川を合わせて大崎平野を貫流し、大崎市鹿島台で右支川吉田川と併流しながら鳴瀬川野蒜で合流し、太平洋石巻湾に注ぐ流域面積1,130km2、幹川流路延長89kmの1級河川です。流域の約20%を占める水田は我が国有数の穀倉地帯となっているとともに豊かな自然環境に恵まれています。中新田街では、鳴瀬川に大きな石を投げ込み鮎が生息しやすいような環境を整え、中新田の特産品にもなっています。また、奥羽山脈の豊かな伏流水に恵まれ、大崎耕土に育つお米で古くからお酒が造られ「鳴瀬川」の名を冠したお酒もあります。

そんな町にある我が実家になぜか足が遠い。お盆の時にお墓参りをしてきて、この様な自分をお詫びしてきたところでした。

皆様からの感想・ご意見などをお待ちしています。

気になる地名(伊予の国(愛媛県)石鎚山)” に対して1件のコメントがあります。

  1. スマイル より:

    ご実家に足が遠い、という一文を読んで、心に浮かんだことがあります。最近お世話になっている方が「人生、最終的には赦しと感謝にたどりつけたら素晴らしい」「でも、それがすごく難しいから面白いんだね」とおっしゃっていた言葉です。
    私は「感謝」は「するもの」ではなく「湧いてくるもの」と思っていたのですが、その方も全く同じことをおっしゃっていました。「湧いてくる」ものだからこそ、難しいんですね。だからこそ価値がある。
    私にとっても大きなテーマ(課題)でした。この頃思うことは、今の自分が幸せだったら、心から楽しいと思えることがたくさんあったら、きっとその「今」をつくってきた過去や出会った人たちにも自然と感謝が湧いてくるのではないか、と。鍵は「今の自分」なのではないかと。過去の自分やふるまいを反省することは大切だけれど、そこにとどまっているだけでは「幸せ」や「心からの楽しさ」にはたどり着けないような気がします。自分を喜ばせてあげること、自分の心が本当は何を望んでいるのかに耳を傾けること、そういうことがとっても大切なのではないかと思います。
    また、友人ともしみじみ話したことがあります。「自分のためだけだったらとても向き合えないと思える苦しいこと大変なことも、それが子どもたちや孫たちのため、この先に繋がる命のため、と思ったら頑張れるね」と・・・自分自身を振り返っても、まさにそうだと思いました。
    お父様のお墓参りにお孫ちゃんが深く頭を下げている姿が映っていることに心打たれました。このお孫ちゃんが幸せな人生、満ち足りた豊かな人生、人に恵まれた温かな人生を送るためなら、どんなことでもできそうですね。
    私自身もいろんなことを考えさせられた記事でした。

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