ガラスペンで、なんちゃって写経

資料づくりなどで飽きてしまったときや書き物の見直しをしている時に、少し時間を空けて読み直しをした方が間違いを見つけやすい等の理由から、隙間時間にガラスペンで、なんちゃって写経をしています。本格的な写経は敷居が高いので、ガラスペンで書いています。ガラスペンは、これまで使ったことはなかったのですが、筆は難しいし万年筆ではつまらないので、これまで使ったことのない筆記用具でやってみようと思い、ガラスペンを思い立ちました。

写経はそもそも仏道修行であって、人々に仏道をひろめ、大願成就を祈ることから始まっています。我が国の写経の歴史は、日本書紀に、「書生を集めて、始めて一切経を川原寺に写す。」とあり、その後、聖武天皇のころ、写経司を任命し、これら専門のものが書写して収蔵し、また、諸国の国分寺等に配布されました。それがおそらく平安時代ごろから修行の為や、病気平癒、先祖供養など祈りや願いを目的にした個人的写経が始められたようです。

写経には長い歴史があり、多くの人の信仰生活に心のやすらぎを与える糧となってきました。それは身と心を調えて行う写経の心が、そのまま仏さまの教えの心に通うからにほかならないとの考え方からです。現代に生きる私たちは、写経によって静かに落ち着いた時間を大切にするとともに、祈りや願いを生活の中に活かしていく一つの証として行われています。

『般若心経』は短い経典でありますが仏法の大意が述べられており、書きやすいお経なので写経=般若心経として広まっているようです。

ガラスペンは、つけペンの一種で、ガラス製のペンです。1700年(江戸時代中期、「生類憐れみの令」がまだ適用されていた時代です)、イタリアのヴェネツィア・ムラーノ島で開発されています。日本では1902(明治35)年に日本の風鈴職人である佐々木定次郎によって製造、販売が開始されました。

ガラスペンは、毛細管現象を利用した筆記具です。筆の穂先状のガラスの側面に溝(8~12本)があり、そこにインクを溜めることで、かなりの長さの筆記ができます。金属ペンとは異なり、あらゆる方向にペン先が走り、墨汁が利用できる等の利点もあります。かつては事務用として重宝されましたが、ボールペン等の登場により、現在ではほとんど利用されなくなりました。1989(平成元)年に、ペン軸からペン先まで全てガラスで出来た、一体型のガラスペンが作られた(特に「ひねりガラスペン」と呼ばれる)。見た目が美しく、工芸品としても評価されています。

ガラスペンは、万年筆とは全く異なる筆感で、摩擦抵抗が心地よい音を出して「書いている」感を醸し出してくれます。本格的な写経ではありませんが、短い時間の気分転換には使えそうな気がしています。

少し慣れてきたら、しっかりとお経に向き合い人文字人文字丁寧に書いて「仏さまの教えの心に通う」境地になれるように努めたいと思います。現在のは酷い文字ではありますが、これでも一応お経なので、ある程度たまったら定義如来西方寺(仙台市秋保)に納めたいと思っています。

上二本がは長い軸で下は万年筆のような感覚で使えるガラスペン

皆様からの感想・ご意見などをお待ちしています。

ガラスペンで、なんちゃって写経” に対して2件のコメントがあります。

  1. 鈴虫 より:

    ガラスペンで赤いインクの写経とは斬新ですね!
    私は頭が硬いので筆ペンで写経します。心がどうしても鎮まらない時には、次第に落ち着きを取り戻せるいい時間になります。
    昔むかし、高校の同級生が竹ペン?で書いた写経を夏休みの作品に持ってきました。それは線に強弱があって、不思議なタッチが印象的だったことを覚えています。

    写経を書き溜めてお寺に納めるというのも、いい大人の趣味ですね。

    でも先生、途中で写真とはまだまだ修行が足りませんぞー😅

  2. ハチドリ より:

    おはようございます。

    ガラスペンは見たことはありますが、使ったことはありません。
    隙間時間に写経だなんて、いいこと思いつきましたね。写真の赤い文字がガラスペンで先生が書かれたものですか?
    お世辞抜きで、とてもきれいだと思います。素敵な時間の使い方ですね!

    しっかりと何かに向き合う時間、今、私が欲していることのような気がします。

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