キュメンタリー映画『Dr.カキゾエ 歩く処方箋~みちのく潮風トレイルを往く~

毎週のようにフォーラム仙台(仙台市青葉区木町通)からメールが届き、上映映画の紹介があります。その中で82歳の医師が1,025キロを歩きがんサバイバーの支援と東日本大震災の被災者の心の傷に寄り添うとありました。82歳を超えて1000キロ超を歩く!これは観ないといけないと思い出かけました。丁度、この映画の監督と主人公が舞台挨拶もあるというのでその日を選んで行きました。

風が吹こうが雨に降られようが、ひたすら歩き続ける。目的は様々なのだと思いますが、ひたすら歩き続けるという行為には、何かしら共通するものがあるのではないかとおもいます。四国八十八ヶ寺歩きお遍路や永平寺迄の歩き参拝は、「がんサバイバーの支援と東日本大震災の被災者の心の傷に寄り添う」等と言った高尚な目的ではなかったのですが、道々考えることや歩くことによって気づかされることなどには同じような言葉が紡ぎ出されており、共感するものがありました。

二三、挙げてみます。ひたすら歩いていると、これから先のことや過去のことはどんどん薄れていき、「今この瞬間を生きていることを実感する」と、ありました。私自身も四国八十八ヶ寺歩きお遍路で高知県(修行の道場)を歩く頃になって、同じような心境になりました。いわゆる『而今』(じこん・にこん)です。この言葉は、仏教の禅の教えに基づき「過去や未来にとらわれず、今この一瞬をただ精一杯生きる」という意味が込められています。ただ、淡々と歩を重ねるだけなのですが、感謝や生きている実感等々が感じられます。

また、「小さな希望があれば人は生きられる」とも語っています。「希望は生きる力だと」。このことについては、後に東京大学社会科学研究所を尋ね、自分の感じたことを希望学研究者と意見交換をしています。私は、其のシーンがとても印象深かったです。先ほどの「小さな希望があれば人は生きられる」等と思った時の希望は、暗くて長いトンネルの先に見える小さな明かりに見いだすように思われがちだが、それは違うのではないかと教授は語っています。遠くにある小さな明かりにではなく、「今、そこに向かって歩んでいること」そこにこそ希望を見いだしているのではないかと。

もそそも希望とは、何なのだろうかと研究を重ねるうち、希望に関する一つの社会的定義が浮かび上がった。希望とは「具体的な何かを行動によって実現しようとする願望」だとする結論に辿り着いたと言います。希望学は東京大学社会科学研究所の10人の研究者によって2005年に始まっています。法学、政治学、経済学、社会学などの社会科学と呼ばれる学問を総動員し、個人の内面の問題とみなされてきた希望を、社会にかかわる問題として考えています。

私の体験を振り返れば、大変な苦痛を伴いながらも、今、歩き続けられていることに、そして八十八番札所大窪寺に向かって一歩を重ねられていることに喜びと幸福感を感じた覚えがあります。たかだか一歩は、遍路宿に着く頃は20キロ30キロとなっており、そこを目指して歩いていたのが、いつの間にか一歩を重ねるとこだけに意識が向いていたのです。正に「今、そこに向かって歩んでいること」に希望を見いだしていたのでしょう。東京大学の研究者の定義、希望とは「具体的な何かを行動によって実現しようとする願望」そのものだったように思います。

原作者と監督による作製秘話

この映画の主人公は、がんの専門医で有りがんサバイバーでもあります。がんサバイバーとは、がんの診断を受けた時点から、その後の人生の全ての段階にある人々を指します。がんが治癒した人だけでなく、治療中の人や、がんとともに生きる全ての人々が含まれます。こうしたがんと向き合い続けている方だからこそ、「がんサバイバーの支援」という大きな目標があったのだと思います、又同時に、その様な状況にあるからこそ、どこに『希望』を見いだしているのかに関心があったのかも知れません。映画を観おわった後に30分ほど映画の主人公垣添先生自身と野澤監督のお話しがありました。その中で垣添先生は東京大学社会学研究室での幸福学の先生とのお話し合いが最も印象に残っていると語っています。これは、がんサバイバーだからこそ、そしてそうした人々と向かい続けてきた人だからこその関心なのではないかと思いました。

「今、そこに向かって歩んでいること」「具体的な何かを行動によって実現しようとする願望」其れが希望である。そして其の希望とは「生きる力」だと。『希望』を心理学的にではなく社会学的に捉えると、この様にある。四国八十八ヶ寺歩きお遍路で探しながら歩いた小さな丸いマークのことを思い出します。直径5センチのマークを見つけ、『この方向に歩んでいけば札所は見えてくる』と、重い足の歩みが軽くなり、幾分か元気が戻ってくる。正に「具体的な何かを行動によって実現しようとする願望」歩き続けられる希望である生きる力を頂いていたのだと思います。

皆様からの感想・ご意見などをお待ちしています。

キュメンタリー映画『Dr.カキゾエ 歩く処方箋~みちのく潮風トレイルを往く~” に対して1件のコメントがあります。

  1. ハチドリ より:

    フォーラム仙台で、この『Dr.カキゾエ歩く処方箋 ~みちのく潮風トレイルを往く~』の予告を見た時に、「え、風トレイル?」と驚きました。
    3年くらい前にお友達と、名取の閖上にある『みちのく潮風トレイル名取トレイルセンター』に行ったことがあり、その時に東日本大震災の被災地である青森から福島までの三陸海岸沿いの『みちのく潮風トレイル』というのがあることを初めて知り、名前を覚えていたからです。
    いつかここを歩いてみたい・・と、パンフレットももらってきたのでした。宮城の北上町に行った時も見かけたのですが、「そこが映画に?」と驚いてしまったのです。

    とても気になっていたのですが、先日、やっと見に行くことができました。

    垣添忠夫医師=Dr.カキゾエは、自身もがんの体験をしたがんの専門家で、元日本対がん協会の会長をなさっていた、現在85歳の先生。これまで四国の歩きお遍路等にも行ってきたけど、80歳を超えて最後にもう一度なにか頑張りたいと一念発起したのが、被災地とがん患者を支援するためにみちのく潮風トレイルを歩くというもの。撮影は、私が潮風トレイルなるものを知った2023年の桜の咲くころ、Dr.カキゾエが82歳の時に行われたようです。

    四国の歩きお遍路は、1,200㎞~1,400㎞。この潮風トレイルは青森県八戸市から福島県相馬市までの1,025㎞、なかなかの距離だと思いました。でも、小高い丘から海が見渡せるような所はあるけど、お遍路の遍路転がしのような急な場所は無いようです。いつか自分も歩くかもしれないから、良かった~!と思ってしまいました。

    Dr.カキゾエが八戸を出発した時は、まだ小さく硬いつぼみの桜の木でしたが、南下するうちに咲いている桜に出会い、さらに進むとすでに葉桜になっていて、梅雨明けを知らせる紫陽花も咲いていました。Dr.カキゾエはいったい何日歩いたのでしょう。
    その間、たくさんの被災者、がんサバイバー(がんと共に生きる人々)に出会います。

    映画の中で、私がとても心に残った言葉が二つありました。
    ひとつは、『防災とは、自分の大事な人の命を守ること。自分が元気でなければできない
    自分で自分の命を守る。それが究極の防災』という言葉です。

    ふたつめは、『最悪の時、ふと希望が肩に舞い落ちてくる。人間は逆境に立たされても必ず復活する力を持っている』という言葉です。映画の最後の方に、『希望学』について、東京大学社会科学研究所に行って話をするシーンがあります。
    「トンネルの向こうの明るい光が希望じゃなくて、闇の中で横で手すりとか、手とか使い、一歩一歩踏みしめながら前に半歩ずつでも進んでいる・・っていうその感触が希望っていうんじゃないかな」という考え方。

    私は、それがとても、ストンと腑に落ちた気がしました。
    その言葉に、「安心」という感覚が湧き上がってきました。
    どんなに辛いことや悲しいことがあっても、ふと心の中に安心できる何かが湧きあがってきたときに前に進んでいける・・そんな気がしました。

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