保健体育第8講『私たちは、なぜ、つながりを求めるのか』

私たちは、地域づくりの推進やコミュニティの再構築等々の場面で、幾度となく「人と人とのつながりの大切さ」を語ります。今回の『保健体育』第8講では、『なぜつながりを求めるのか』について考えてみます。

人と人とがつながるというと、多くの場合は情緒的な側面で語られます。震災後によく使われるようになった『絆』等はこの例です。しかし。ここでは、これらとは異なる視点でつながることの必然性に触れてみます。其の一は『生理的側面』其の二は『社会的側面』です。

其の一 『生理的側面』から入ります。私たちの脳は、つながりを様々な方法で求め維持しようとしています。①社会的つながり=生存戦略です。人間は集団で生きることによって進化してきました。この為、脳には、孤立を「危険」とみなし、つながりを「安心」と認識する仕組みがあります。②この為、脳にとって孤独は、ストレスと感じる様になっています。孤立状態では、ストレスホルモン(コルチゾール)が上昇し扁桃体が敏感になります。長期的には前頭前野の働きにも影響し、意欲・判断力・感情の安定に支障をきたします。コルチゾールは、副腎皮質から分泌される非常に重要なホルモンです。③更には、他者と接し、信頼関係が築かれると「オキシトシン」が分泌されます。これは親密さ・絆・思いやりを促すホルモンであり人間関係の潤滑油となります。

こうしたことを理解していれば、私たちの身体の中にインプットされた脳の仕組みを上手く使い、脳が喜ぶ「つながりの築き方」が可能になります。例えば①「あいさつ」です。他者と関わったときに、ひと声から始める。名前を呼ぶ、目を見て声をかける等々の小さな接点は、脳に「ここは安心していい場所だ」と、教えてくれます。②顔なじみの関係になり、本音を少しずつ出でるようになる。自分のことを少しずつ開示することで、相手の脳も安心してオープンになります。「共感→共鳴→信頼」という流れが生まれやすくなります。③こうした関係性が構築され一緒に活動するようになると、同じ作業・体験を通じて、脳は「仲間意識」を感じやすくなります。特に共同作業や自然体験などは、オキシトシン(幸せホルモン)の分泌を促進します。

幸せホルモン

其の二 『社会的側面』

私たちの社会は高度に発達し、多様化・複雑化しています。この為、これさえあれば解決するという『特効薬』がありません。家族制度の変化により、『家族内解決能力』は低下しています。全ての対応は、『自助』『共助』『公助』の合わせ技で行われます。様々な課題解決の道は、『補完性の原則』が貫かれています。他者との関わりがなくして私たちの生活は成り立たないのです。

この様に人間関係に悩んだり、誰かに会いたくなったりするのは、脳の自然な働きです。だからこそ、意識的に「つながる工夫」をすることが、心の健康にもつながります。反対に、「私は一人が好きだ」「誰とも関わらないで過ごしたい」と語る人もいます。私は孤立しているのではなく孤独を謳歌しているのだと言ったりします。しかし、私たちの脳に組み込まれているsystemからすると、どうしても無理があるように思います。だとすれば、「孤独を謳歌している」と言わなければいけない何らか理由が何処かにあるのかも知れません。過去に人間関係でトラブった時のトラウマが潜在化している。人に嫌われたくない、根拠のないプライド等々、他者と関わることに尻が引いてしまう何かがあるのかも知れません。全て他者と仲良くなって手に手を取って暮らしていきましょう等とは言いません。それぞれの大切にする空間があってしかるべきです。しかし、常時一人で居ると良いのはどう考えても課題を抱えていると思います。そして強いストレスを知らず知らず掛けていることを知る必要があります。

次に、つながる(社会関係)ことと身体の関係についてです。最近「フレイル」(虚弱)という言葉を聞きます。このフレイルが社会関係と大きく関わっているというのです。このフレイルは、突然フレイル状態になるのではなく「フレイルドミノ」と言われる段階的に其の状態に陥って行くと言われています。その始めの一歩が『社会とのつながりを失うこと』と言われています。

虚弱化が進み、介護が必要になる状態への出発点・入り口は、『社会とのつながりを失うこと』です。社会との関わりは、身体機能の維持又は低下に大きく関わる行為なのです。想像しにくいのですが、最新の研究で解明されています。普段の生活の様子を観察していても、確かに頷けることが多々あります。

東日本大震災時のことを思い出してもフレイルドミノは確かにあったように思います。この為、生活支援員は、集会所に足を運んでもらうように積極的促していました。当時は、孤立防止が主たる目的でした。今考えてみると、このフレイルドミノの防止にも大いに役立っていたことが分かります。

地域社会の中に設ける小さな居場所は、孤立防止だけではなくフレイルドミノの始まりを押させる大きな役割がああることを知り、地域に設ける「社会的居間」の重要性を改めて感じています。

フレイルドミノ
行くぞ~湯治!(根拠のない希望)

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