物語るケア Gift
だいぶ前になりますが、私は県立の保健師・看護師・臨床検査技師を養成する機関に勤めていたことがあります。その時に関わりのあった看護学生等とは、今でも年賀状のやりとりレベルの関わりがあります。その中に一人とは、何かにつけて関わりが有り、今回の拙著『楽ではない お金もかかる 大変なだけだ それなのになぜ行った!?』を贈ったりしていました。
その学生は、卒業後、保健師を目指していたのですが、臨床を積んでから行くといい、聖路加国際病院にその場求めて巣立って行きました。聖路加国際病院では、その人柄を認められ日野原重明病院長の秘書や訪問看護ステーションに従事したと聞いています。
今回、お返しにと、自分も企画・編集に関わり、本人が訪問看護ステーションに従事した時の事例も掲載している書籍『Gift-物語るケア』(井部俊子2019)を送ってくれました。
さっそくその箇所を開くと「おじいちゃんにもまだできることがあるね」とタイトルとシェバーでひげを剃る男性の写真がありました。その横には、「長引く入院で表情もうつろになっていた有田さん。在宅医療を始めてから、ひげ剃りに挑戦することに。ある日、訪問看護師の『きれいになりましたね』の声がけに、ニコッと笑顔を見せた。有田さんを献身的に介護していた息子の妻は、その様子にほろりと涙した。」と書いてありました。
以下は本文に掲載されている「語り」(ナラティブ(narrative))の一部抜粋です。
「こんにちは有田さん」と、ご挨拶のたびに目を見ると、こちらの言うことをわかろうともしているし、何かを伝えたいように感じました。それでご家族に相談して、麻痺のない左手で何かできることはないかと考え、鏡を見ながらひげ剃りに挑戦してもらうことにしたのです。最初は、私たちが手を添えていたのですが、そのうち自分でできるようになりました。ある日「きれいになりましたね」と、声をかけたら、有田さんは数本残っている歯を見せてニコーっと笑顔に。
その一部始終を見ていた久美さんは、涙を流しながら拍手をしていました。「おじいさんにもまだできることがあるのね。よかった。久しぶりに笑った顔もみたわ」。隣で見ていた私も胸が熱くなって、もらい泣きしてしまいました。地道なケアの継続と有田さんの頑張りの成果をご家族とともに実感した瞬間でした。(中略)
病院の職員に訪問看護を知ってもらうための勉強会を開いたときに、この時の写真を紹介しました。すると、有田さんが入院していた病棟の看護師たちから「え~、有田さん、こんなこともできるんだ!」と、歓声が上がったのです。病棟にいるときの有田さんとは、あまりにも違っていたからでしょう。
有田さんは、在宅医療をしばらく続けた後、残念ながら亡くなりました。後日、久美さんが私たち訪問看護師を訪ねて来て下さいました。私と久美さんはぎゅーっと抱き合いました。「頑張ったよね、私」とおっしゃった久美さんに「ええ、「すごくよく頑張られました」とお伝えしたことも忘れられません。
これを読んでいて、美穂らしいな~って思いました。看護学校にいたときと変わらない優しさに専門職としての感性が加わり、とても成長した姿を感じました。また、人には出来ること、何らかの役割を持てることの大切さを改めて思い返しました。そう、縁側日和の『鈴緒づくり』や学生へのおもてないし『ばあちゃん食堂』での学びと同じです。そして、人の頑張り、努力や誠意を丸ごとしっかり受け止めてあげることの大切さも再認識しました。
海老で鯛を釣り上げたような学びの機会をいただきました。美穂、有り難う。
