学校に行かないのは悪いこと?
第28回新聞記事コンクールで、編集局長賞を受賞した仙台南校3年生の作品名です。
東北の小中高生が身の回りの出来事を調べたり、社会問題に対する意見をまとめたりする新聞記事コンクール(河北新報社主催、東北六県教育委員会等が後援)に1,930点の応募があった。ロシアのウクライナ侵攻、新型コロナウイルス、環境、差別、東日本大震災などをテーマにした作品が目立ったと言います。
私が強く関心を持ったのは、今回のタイトルにした「学校に行かないのは悪いと?」です。この作文は、「私は不登校でした」から始まります。小学校5年生の春、突然学校に行けなくなったと言います。理由を聞かれても分からなかった。心の中では行きたいと思っても身体は動かなかったと。そんなとき、居場所をくれたのは保健室の先生だった。
保健の先生は言った。「頑張りすぎて充電切れしちゃったんだよ。あなたは少し止まって充電中なだけ」。その言葉で、心に重くのしかかっていた何かが消えていくように感じた、と振り返ります。
この子は、高校三年生になり「今の将来の夢は養護教諭になって生徒の『心の居場所』となる保健室をつくること」と、語ります。
そして、学校に行かないことは悪いことなのか。不登校を経験した私から伝えられることは、学校に行けない自分を責めないで欲しいということ。そして学校という狭い世界に閉ざされないでほしいということだ、と。
最後には、「将来は養護教諭になって生徒を見守り、支える存在として学校と子どもたちの抱える問題の解決の手助けをしたいと思う」と語り、自分のこれから進む道への強い意志でまとめています。(河北新報2022/10/15)
全国で19万人余りの不登校児童生徒がいます(2020年度文科省)。私たちは、ここにあるような「学校に行けない子ども」にどの様に対応しているでしょうか。そして、この様な夢を持つ子どもをどの様に支えているでしょうか。家の二人の子どもが、この様な状況になったとしたら、どの様に対応していただろうか。二人の孫が、「学校に行けない」と言ったら、どのように娘、息子に助言するだろうか。
私は、「学校に行かないのは悪いと?」に触れ、改めて「教育」や「学ぶ」環境について、非常に狭い選択肢しか持ってこなかったのではないかと振り返っています。と、同時に地域社会の役割が持つ重みを改めて感じています。様々な判断を求められる子育て中の親に対する私たちの振る舞いは、その親をとおして悩める子どもに伝わります。親を励まし子どもを暖かく包み込む。こんな社会を私たちは社会的想像力を研ぎ澄まして築いて行きたいと思います。子どもたちは、親だけではなく地域社会全体で育み育てる。これを夢物語にしない地域社会を目指したいものです。
たまたま、民生委員児童委員新聞10月号に、今回のテーマに少し被る内容があるので添付します。
すっかり秋めいてきましたね。おはようございます。ツイッターにあるおかあさんのこんな投稿があったと教えてもらいました。
『不登校の女のコが日曜からの修学旅行に来る、という話を聞いて「普段学校にこないくせに修学旅行だけ参加とかズルい」と文句を言った子に、次女が「参加費払って、本人が勇気だして参加するって言ってんだからさ、迎えてやれよ!」と一蹴したとか。担任の先生が感激して電話をくれた。やるじゃん、次女。』
学校に行けない子が修学旅行にだけ参加するって、確かにすごい勇気なんだと思います。なんて素敵な次女さんなんでしょう。投稿したおかあさんも嬉しかったろうな~🥰
「学校に行かないのは悪いこと?」
そう、昔は、自分が子供の頃って悪いことのように言われていました。学校に行かない、給食を残す、全てが悪いことのように言われていた気がします。今は昔より考え方や見方が変わってるようですが、それでも親の世代から見ると悪いことのように言われます。
実は私も小学校の時に不登校になりました。朝になって具合が悪いことが多いと「仮病」だと言われました。先生が怖かったこと、同級生からのいじめがあったこと、でもそれで不登校になるのは自分が弱いからと思うことも少なくなかったと思います。これでも結構内向的で人見知りだったんですww
結局救ってくれたのは、新しい担任の先生、そしてクラスメートでした。
人によって傷つけられ、でも人に救われるんですね。人との繋がりってすごく大事で素敵なことです。いろんな繋がりで幸せを感じられる世の中になるといいですよね。どうせ人との繋がりを持つなら、少しでも素敵な繋がりだと思ってもらえるように生きていきたいですね😊
浪平さんの子どもの頃の映像が心に浮かび、涙がこぼれそうになりました。救ってくれた新しい担任の先生、そしてクラスメートに心からありがとう、と伝えたいです。
今も多くの子どもたちが具合悪いのは気持ちの問題、などと言われて自分が悪いと思って苦しみが増している現状があるのでは、と思うと胸が締め付けられます。
せめて、私は子どもに限らず今苦しんでいる人、悲しんでいる人をさらに追い込むようなことはしないでいたい、もし、そうとは知らずに追いつめてしまったのなら「ごめんなさい」と伝えたい、そしてできうることならそっと寄り添えるようでありたいという想いがこみ上げます。
きっと、浪平さんは、そういう大人になれていることと思います。そうだとしたら、子どもの頃の浪平さんも癒されていることでしょう。
辛い想い出を分かち合ってくださり、ありがとうございました。
素敵な返信をありがとうございます。
これを読んで子供の頃の自分が救われた気がします。スマイルさんの名前の通り、子供の頃の私が笑顔をいただきました、ありがとうございます。