中学校の防災学習(避難及び避難所設営体験)

コロナ禍にあっても何とかして子どもたちの学びの機会を絶やさない。このような想いを持った防災主任の先生やその想いを実現すべく全校生徒参加の授業を英断した教頭・校長。先生を信頼し学びの機会を生かした生徒たち。生徒及び先生を支える為に奔走する卒業生の親や地元の社会資源(社会福祉協議会)。このような人々と想いの詰まった防災活動を今日(7月2日)体感してきました。

コロナ禍にあって、これまで続けてきた地域を挙げての防災学習が出来なくなり、丸々1年中断してしまった。そのような中で、今年に入った5月に成田中学校防災主任から成田中ささえ隊のコーディネータに電話が入りました。「今年しなければ貴重な学びの機会が途絶えてしまう」。何とか規模を縮小してでも防災学習を行いたいので協力してもらえないかと。

相談を受けた成田中ささえ隊のコーディネータは、中学校の想いに応えるべく、間髪入れず「成田中学校防災活動応援プロジェクト」を立ち上げました。学校が計画していた、事前学習(防災講話)、事前学習(生徒間での話し合い)及び避難・避難所設営体験の実現に向けて、関係者との調整や非常食を提供して頂く交渉を行っています。事前学習(防災講話)では、自らもマイクを持ちこれまでの経過や先生方の防災学習に込めた想いを生徒に伝えています。

成田中学校では、事前学習(防災講話)、事前学習(生徒間での話し合い)そして避難・避難所設営体験と生徒に階段を踏ませ、授業の目的・狙いを自らの中に落とし込めるように丁寧に指導しています。こうした教育的配慮は、生徒にしっかり伝わり、彼らの自主的な振る舞い、表情に現れていました。

授業終了後に校庭に整列した生徒を前に、学校から促されて挨拶に立った成田中学校防災活動応援プロジェクトリーダーは、いつもの饒舌さは影を潜め、胸がいっぱいになり言葉に詰まっていました。様々な場所・機会に同席させて頂いていた私は、今日この日を迎え生徒の振る舞いを間近に見て、高ぶる想いを抑えられない気持ちは分かるような気がしました。

最後に講評を行った学校長は、冒頭「私はみんなに謝らなければいけない。みんなの力をみくびっていた。私が思っていた何十倍もの動きをしていました」と、生徒の振る舞いを高く評価していました。その後の校長室でのお話などからしても、この言葉は、校長の驚きを伴った率直な感想だったと思います。

避難者役になった1年生・2年生は、事前学習やこれまで見聞きしたことを生かし完全に避難者になりきっていました。子ども、高齢者、障害を持った方、は言うに及ばず、ペットを抱えて避難してくる住民、行方不明になった高齢者等々、様々な避難者を演じていました。

こうした想定で避難してくる仮想住民を迎える3年年生は、受付で様々な事情を聞き取りトリアージして、普通の避難場所、病気の人、怪我をした人、子ども等々に分けて避難所になっている教室に誘導していました。怪我をした人は、背負って教室に入っていきました。非常食は、ただ配るだけではなく「アレルギーのある方はいますか」等と声がけしながら配っていました。各教室に避難した人に人数確認や全員に非常食が行き渡っているかの確認には、走って教室に向かっていました。

また、何か想定外のことが起きた時は、数人が頭をくっつけて話し合い対策を検討していました。それはそれば真剣で迫力を感じました。彼らは、社会的想像力を高め、様々な想定及び想定外に対処していました。行方不明の高齢者が出て来た等は、彼らの想像力とこれまでの事前学習の成果が遺憾なく発揮された事例だと感じました。

教育は、生徒を生活の現場に立たせ、生徒自らの感性で感じ考える「場」を設けること。私は東北学院大学の地域教育科目をこの様に考え行って来ました。教えるのでは無く引き出す教育に心がけてきました。今日、成田中学校で行われた防災学習をみて、教育の基本の姿を実感しました。こうした地元の学校を地域住民が大切に支える。学校と地域の関わりの大切さを改めて考えた一日でした。常に、生徒を中心に据え、彼らの成長を最優先に考える社会。地域住民の責任として考え振る舞う大人。こうありたいと改めて強く思いました。

改めて、成田中学校防災活動応援プロジェクトリーダーは、こう言います。「私の願いは、子どもたちがあるがままで価値があるという『自己肯定感』を持てること、大切にされていること」だと。そして、私たち大人の生徒に寄せる想いが大切と。私は、この様な想いを持った大人たちを何らかの形で支えたいと思っています。

スライドショーを作成し報告会を終えた時点で改めて掲載したいと考えています。

皆様からの感想・ご意見などをお待ちしています。

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