人生最後の願い
昨日、一通のメールは届きました。今、国が積極的に進めている地域包括ケアSYS構築の分野で様々な活動を積極的に進めている社会福祉協議会職員からのメールでした。内容はこうです。80歳の高齢者から、「人生最後のお願いで、毎朝遠くに望んでいる「栗駒山」に登りたい」という相談があった。組織を上げてその望みを叶えてあげたいので、同行してもらえないだろうか、という趣旨のものでした。
勿論、答えはYesです。Yesというよりも、そのような事例には滅多にお目にかかれないので、是非お願いしたいと答えました。実施時期はこれからご本人と具体的に検討するようです。ご高齢ということもありますので、様々な準備もあるでしょうから、慎重に事業計画を組むことになるでしょう。
この様なお話を聴いて、テレビで報道されたものを思い出しました。ある介護保険事業所で、「人生最後の希望を叶える」事業ということを行っており、一人の男性の事例を紹介していました。
その方はカメラが趣味で、いつもカメラをそばに置いている80歳過ぎの男性です。彼の人生最後の願いは「富士山を撮影したい」というものでした。この願いを知った施設では、この願いを叶えることに決定し、富士山の何合目かで写真撮影をする場所を当事者と相談しながら決めて準備に入りました。撮影場所までの長いルートの選定や医療スタッフの手当、そして下見等々、様々な準備を行って当日を迎えました。
当日は、晴天に恵まれ、長い道のりも今かいまかと焦る気持ちを抑えながらも楽しく現地に向かっていました。数時間のドライブを経て撮影場所に着きました。天気は、これ以上に無いと言うくらいの晴天で申し分ありませんでした。目の前の富士山も撮影にはもってこいの場所で申し分のない場所でした。
80歳過ぎの男性は、車から降りてその場に立ちました。しかし、その場所で大きくため息をつき、ただただ富士山を仰ぎ見ているだけで、いっこうにカメラを手にしようとしないのです。スタッフは、どうしたのか、気分でも悪いのかと心配しながらも見守っていました。長いことその場に立っていた高齢者は、結局、カメラを手にすることなく「有り難うございました、帰ります」といって車に乗り込みました。職員は、あっけにとられながらも帰路につきました。
帰ってから、その高齢者は、「カメラには収めきれない迫力でした、私の願いは目に焼き付けました」と感謝の言葉と共に言ったといいます。そして、次の日から、デイサービスに来ている利用者の方々の笑顔を毎日撮影する日々になったのです。それはそれは楽しそうに、カメラを手にシャッターを切り続けていました。写真を撮ってもらった人々は、異口同音に、遺影にしたいと言っていました。彼は、自分の願いを新たな役割づくりに見いだしたのでしょう。この様なエピソードをみて、この施設はなんと素敵な事業を行っているのだろうと感心してしまいました。
後日談があります。この話を、現職の時に関わりのあった介護施設「杜の風」(宮城県富谷市)の職員にお話をしました。すると、その事業の主旨は日頃から考えているケア方針と一致するとばかり、ご利用者に希望を取ったのです。その中で採用したのが、「実家の両親が眠るお墓(山形市)をお参りしたい」と、いう内容でした。
杜の風の職員はルートの選定を始め、長距ドライブに耐えられる体力づくり、実家の皆さんとの連絡、途中の不測の事態に備えて医療機関の場所確認等々、それはそれは周到な準備を行いました。
当日は、順調に進み、山形の実家では、実家の方々はもちろんのこと、当事者の幼なじみの方々も呼んでいました。無事お墓参りを済ませ、実家に入ると食べられるかどうか分からないけど、せめて目で食べてもらいたいと沢山の郷土料理がテーブルに並んだと言います。また、普段は、目を閉じたまま、傾眠傾向の方なのですが、幼なじみの声には、目を開き笑顔で聞いていたそうです。
こうして、この方の「人生最後の願い」は叶えられました。今から、15年程前の出来事です。現在も行っているかどうかは分かりませんが、当事は確かにこの様な質の高いケアが行われていました。この様な施設はあることは、その地域の宝、財産なのではないかと思います。地域みんなでこの様な施設を支えていきたいものです。