大学教員としての初めての授業
久しぶりの大学での講義と言うことで教壇に立ったのは、2016(平成28)年4月20日。縁あって東北学院大学の地域共生推進機構に所属し、特任教授として新設された「地域の課題」を担当しました。これまでも、現職時代から、東北大学医学部保健学科、東北工業大学、宮城女子大学、東北学院大学等々数コマ授業をすることはあったのですが、今回のように年間を通じて授業を行い評価までするのは初めてだったのです。約1年の準備期間で教材研究を行い、満を持しての授業です。「地域の課題」というこれまでに無い教科で、今では地域課題をテーマにする教科はとても多く、学生の創造性を引き出す教科として注目されていますが、当時はそれほど開講している大学はなく手探りで教材研究を行いました。
東北学院大大学には特任教授として、2015(平成27)年度から2021(令和3)年3月迄の7年間席を起きました。南三陸町の被災者支援から戻り、宮城県社協の復興アドバイザーや宮城県サポとセンター支援事務所のアドバーザーを兼務して行いました。
特に大変だったという記憶は無いのですが、大学では授業が終わると、各自が授業内容を振り合える「ミニッツペーパー」と呼ばれるものを出させます。これを読んで若干のコメントを付して翌週に返すのです。書けば簡単なのですが、この対象人数が300人となると話は違ってきます。何とも大変な時間と労力を要するのです。それでも、学生は何に関心を持ったのか等々を知る、大切な機会なので丁寧に読み返事を簡単にコメントしていました。また、翌週の授業では、鋭い視点や疑問の多かった内容を授業の冒頭に説明するなどして、復習を兼ねて授業のねらいの浸透を図りました。この為、授業時間以外は、研究室でそれらの採点や冒頭の説明の内容など、毎回学生の反応を下にした授業を行っていたので、ほとんど研究室に入り浸りでした。
私の大学での学びの多くは東北学院大学です。20代の東北学院大学経済学部二部経済学科から始まり、40代に東北学院大学大学院人間情報学研究科人間情報学専攻社会情報学領域(修士課程)と東北学院大学で学ばせて頂き、最終的は東北大学地域共生推進機構特任教授として大学に恩返しできました。
この様な期間があったことは私自身の歩みを決定づける大切な時期で有り場所でした。これらのことは、全て自分の選択でした。でも、本来の選択は、経済的な理由等々で叶うことは無かったので、その代替での選択でした。でも、代替であっても私には十分すぎるほどの環境でした。高校からそのまま大学に進学したのとは全く違う大学生活ではありましたが、それでも学べることの喜びは変わらないように思えるし、社会に出てからの学びであることにも良さはあったようにも思います。でも、学びは、階段を其の年齢に添って進学した方が良いと思います。私の道はあくまでも代替に過ぎないように思います。


