福島原発事故の自主避難
河北新報記事(2022/12/03)に「自主避難賠償拡大を-福島県、経産省に要望」という記事が掲載されました。よく読んでみると、福島県は、自主避難者への賠償が県北や県中地域など23市町村に限られている問題に言及し、「『放射能ひばくへの不安は全ての県民に共通している』と指摘し、原子力賠償紛争審査会による指針の見直しを注視するように要望した」、とあります。
自主避難は、「勝手にやったこと」とされ、長らく被災者とは見なされない状況がありました。こうした状況に対して、ようやく福島県が要約重い腰を上げたと読みました。
福島県では、原発事故で自主避難者はどれほどいるのか福島県のデータがあったので見てみました。2011/09/22時点の数字で、自主避難者数50,327人、避難等指示区域内避難者数100,510人です。実に、避難等指示区域内の避難者数の半数規模の人達が自主的に避難しているのです。私の印象では、とても多い人数が不安を感じて自主的に避難していると思います。
宮城県にも女川原発があります。様々な事故を想定し、PAZ(Precautionary Action Zone)原子力施設から概ね半径5㎞圏内で、放射性物質が放出される前の段階から予防的に避難等を行う。UZP(Urgent Protective action planning Zone)PAZの外側の概ね半径30㎞圏内で、予防的な防護措置を含め、段階的に屋内退避、避難、一時移転を行う等が避難の対象地域として指定され、訓練などが行われています。
私が住む仙台市泉区長命ヶ丘は、女川原発から直線距離で58㎞です。福島県の原発事故で、私の家と同じ距離(60㎞)で自主避難した人達はどのくらいいたのかを福島県の資料で当てはめてみました。そうしたら、伊達市14人、福島市232人、二本松市647人、郡山市5068人、須賀川市1138人、玉川村14人、石川町16人、いわき市15377人とありました。全体の市町村人口からすれば一部だと思うのですが、このくらいの人達が不安を感じ「自主避難」しているのです。
もし、女川原発で何らかの事故があったとき、私はどちらを選択するのだろうかと考えてしまいました。国が示した避難等指示区域内を信じて動かないのか自主避難するのか。子どもが小さかったらどうだろうか等々様々なことを考えてしまいます。
住民を始め多くの人に、リスクコミュニケーションの視点で「話し合いを進めながら「正しく恐れる」ことを促している知人は、講義の最後に「震災後、町の広報には、当時の町長のメッセージがいつも自筆で載っていました。このスライドは、四年前にお亡くなりになった当時の馬場町長の避難指示解除1か月前の文章です。そこには、「先人が営々と長年かけて築いてきた『豊かな故郷」を残し,次の代に責任をもって引き継ぐ責務があると存じます・・・」というメッセージのあとに、最後に中国の文人,魯迅の言葉がつづってありました。
「もともと地上には道は無い。歩く人が多くなれば,それが道になるのだ!」
避難している住民の皆さんの声を聴けば「まだまだ帰るのは不安だ」とか「もう帰らない」という声も多く聞かれます。しかし「帰って良かった!安心してよく眠れるようになった!」という声があるのも事実です。どちらも住民の切実な思いなのだと思います。こんな世界の歴史に残るような大変な事故でしたが、少しずつ人が戻り、復興も少しずつ進んでいる、今、浪江で暮らしている私の実感です。「町のこしをしたい・・」という町の考えを,私も微力ながら応援していきたいと思っています。」と。
「リスクコミュニケーション。大切なことは、説得ではなく、納得し合うという事です。そして、参加者が「合理的判断」ができるようになることを目指します。そのために必要なこと、大切なことは、なんでもない平時からの情報の共有です。意義のある雑談をたくさんしましょう。また、一方ばかりが喋るのではなく、話のキャッチボールで双方向の意見交換ができるようにして、相手の立場で物事を考えてみるということをしていきましょう。これらを通して、日頃から信頼関係を構築しておくというリスコミの考え方は、職場でも地域でもとても大切なことなのではないかと思います」。講義は、このような言葉で結んでいます。
この様なお話を聴くと、「自主避難」は、正確な情報を下にした合理的な判断が出来る状況に無かったのかも知れない。放射線に関する情報や日頃から信頼関係を構築するという視点を国は怠っており、私たちも含めてそうした視点が弱かったのかも知れません。福島原発事故で私たちが学ばなくてはいけないことは、この方が言うように「正確な情報を下にした合理的な判断が出来る場を持つことや日頃から信頼関係を構築する」、こうした普段の意識が有事の際の判断力になる、ということなのかも知れません。このことは、地域の中にある様々な課題に対する向き合い方にも通じる、大変示唆に富む言葉だと受け止めています。
今回のテーマはとても難しいなあと思います。
塩も醤油も、適量を使うことは美味しいお料理には欠かせません。
ただし、醤油を1本体内に入れたらヒトは死んでしまうそうです。
放射線も同じで、大事なことは浴びる放射線の「量」なんですよね。
なぜ、そのような情報が届かなかったのか。国のあの頃の政権は、信頼を失っていましたから、どんなに正しい情報を出しても避難者からは「信じられない」と受け入れてもらえなかったようですね。
避難しているうちにお亡くなりになった方はたくさんおられますが、放射線が原因で亡くなった方は一人もいないと聞きます。無理して避難をして命を落としてしまうと言う、本末転倒なことが起きてしまいました。
テレビ中継で国から「逃げてください」とだけ言われ、皆さんはただただ恐怖でしかなかったのだと思います。最初はそれでも仕方なかったのだと思いますが、やはり、その後の国の情報の出し方はどうだったのかと甚だ疑問が残ります。
日頃からの信頼関係の構築、とても大切なことだと思います。