実現可能性は遙か彼方(四国八十八ヶ寺歩きお遍路)
歩き遍路に関するhpを読むと、10㎞を何度重ねても効果は薄くて、丸々一日歩き続ける30㎞(8時間)を三日連続続けられると、歩き遍路による結願に近づけるとありました。この為、これまでの12㎞から30㎞コースに変更し、挑戦してみようと今回やってみました。10㎞付近までは経験もあり、大きなダメージを残さないで歩くことが出来ました。しかし、10㎞を過ぎると急激にパワーダウンでした。15㎞付近では、極端に歩幅が狭くなり、ふくらはぎの張りが強くなります。現状では、15㎞が限界のようです。一応、20㎞近く迄は歩ききり、自宅に戻ったのですが、ふくらはぎの痛みや足の裏の腫れは、なかなか回復しません。三日ほど足を引きずる状態でした。30㎞×三日は、現状ではとても難しい状況です。歩き遍路は難しいかなって、少々弱音を感じ始めています。
色々と傾向と対策を練るために様々な書籍を取り寄せ、情報収集と実践を織り交ぜながら取り組もうとしています。しかし、30㎞/日(時間)は、今の私には想像以上に厳しく未知の世界です。もし、30㎞歩き切ったとしても、次の日もその次の日もとなると、ほぼ不可能なか~・・。
歩き遍路は、一気に四国八十八ヶ寺を回る「通し打ち」だけではなく、「区切り打ち」と言うのもあって、県ごとに区切る「一国参り」等もあるようです。それでも、一回当たり2週間くらい歩き続けるので、それでも簡単ではないようです。
四国八十八ヶ寺のお遍路に行く方は、年間約30万人いるそうです。そのうち歩き遍路に挑む人は約5千人くらい。その歩き遍路の人達は、5日目の17番札所井戸寺付近で、約50%の方が限界に達してJR徳島駅から家路につくようです。そこを越えられたとしても途中で挫折し88番札所で結願できるのは、3割にも満たないといいます。
私は、「通し打ち」を想定しているのですが、何とも難しそう。でも「区切り打ち」にしたとしても、今の20㎞/日でヘロヘロではスタートラインにも立てない。どうしたものやら。
栗原市住民さま
河野進氏作の『ただ』
ほんとうに胸に染み入る詩ですね。
あたりまえにある物は決してあたりまえではないことに、何か事あるごとに気づかされます。
あたりまえの様に与えられる事象への感謝が、心の隅々まで行き渡っている私でありたいです。
嬉しいことも悲しい出来事も、そのどちらもが私を成長させてくれる修行であると感謝する。その様な姿勢でこの先を進むなら、より納得して満足のいく日々を送れることでしょう。
この様に思うほどには出来ないのですが、出来ないながらも時折立ち止まり心を整えることは大事なことです。
今回は栗原市住民さんとのお話のおかげで、心を整えることが出来ました。
ありがとうございました😊
ちょっと色褪せたもみじ様
鈴虫 様
ご返信ありがとうございます。
お二人のコメントに、今 願掛けしていることが、叶うような気持になります。
大切なことは何かを一度考えてみる時間を持つこと。
そのことを考える時間も「ただ」ですが、もっとも大切なことの一つだと思います。
そういえば、今回の書き込みの本題は、ブログ開設者 地域福祉研究所の本間先生の四国八十八ヶ寺歩きお遍路に向けてのトレーニングだったはず。
だいぶ本題から外れてしまいました。 先生すみません。
でも、おかげで、大切なことを今一度考える時間が持てましたね。
あら本当です、失礼しました。
先日のOOC世界大会の場で「私を抜きにみなさんが勝手にコメントをやり取りして盛り上がっている😅(笑)」という様な先生の嘆きを聞かされたばかりだというのに。
とかく私のお話は予測出来ない方向に逸れがちで、いつもみなさんを巻き込んで申し訳ございません🫣
でも、先生はきっと大きな心で私達の交流をニコニコと見守って下さっていることと思います。
、、そうですよね⁈
私のある大切な綴りの表紙をめくると、一番最初に綴ってあるのが、栗原住民さんが紹介してくだった『ただ』です。
『もっとも大切なものは みな ただ
太陽の光
野の山の緑
雨や川の水
朝夕のあいさつ
神への祈り
そして母の愛』(作・河野進氏)
以下、『佼成新聞』より
『私たちは、「ただ」だからあまり大切にしない、どうしてもそのようになりがちです。しかし、「ただ」のものほど有り難いものはなく、本当に大切にしなくてはならないのだと思います。
「母の愛」と最後に述べられていますが、母親の愛が深ければ深いほど、子供もしっかりとした人間に育ちます。愛情の深い、慈悲の深い女性が一人でも多くなることが重要なのです。最も大切なものは「ただ」でありますが、それを大事にすることこそが、家庭をととのえ、社会を平和にする一番のもとになるのです。』
今、私がとても大切にしている「ただ」はなんだろう・・とふと目を閉じてみました。
鈴虫さま
杉木立に入りまずは滝の音 そして静寂中に突如現れる五重塔。あとは まだかまだかと目の前に現れる石階段。途中の茶屋では 汗ばんだ身体に風が心地よく吹き抜け、枝の間 眼下には鶴岡の景色が一望。やっが登り 羽黒山 月山 湯殿山をお詣りが叶う場所。特別な場所 力を感じますね!
このブログ開設者 地域福祉研究所主宰の先生から、おしえられた、詩があります。『ただ』て言う詩を なぜか思いだしました。 もっとも大切なものは みな ただ それから始まる詩です。
鈴虫さん どうぞ、その詩をお調べになり読んでみて下さいませ。きっと 気持ちがとても豊かになりますよ。同じおもいを共感出来れば嬉しいです。 ありがとうございました。
おはようございます。
栗駒山の山肌は白く寒い季節です。
今 ある事を願掛けしています。
自分自身を少し厳しい状況に置き、修行にでも身を寄せたい気持ちです。
先生のトレーニングは結願に向けて。
ならば、試みるトレーニングも結願への一つ、一つになさって積み上げては、いかがでしょうか。 毎日の10キロも 少し頑張っての15キロも、トレーニングではなく、結願の一つ。
先生は、以前たしか羽黒山の石階段を登られたとブログにありました。
宿坊も数軒並んでいます。
数日間 宿坊に寝泊まりし、あの石階段を
朝 昼、晩 登りお詣りする。
それも かなり辛い修行になりますね。
お隣 山形での羽黒山修行を結願への
一つとし、またいつもの 10キロ、15キロのトレーニングを試みてはいかがですか? いずれにせよ、日々のトレーニングも決して無駄な事はなく結願の一つ。
明日 歩く10キロも!
羽黒山 くれぐれも脚がふらつき、石階段から転げ落ちないように!
栗原市住民さま
栗駒山はすでに白くなって、本格的な冬景色の準備が整っているのですか。どうりで朝晩冷えるわけですね。
お話に出てきた羽黒山に、私も行って来ました。遠くにいる長男夫婦に2人目の孫が授かったと知らせをもらって、先生がこのHPでご紹介して下さった縁起の良い羽黒山に安産祈願に行ったのです。
下調べでは2,446段の石段とありましたが、途中には『二の坂茶屋のちから餅』が待っていると!確かに石段はキツくてやすみ休みでしたが、登っている最中は風が通り抜けて心地よく、あまりの静寂に熊避けの歌を歌いながらでした。ようやく辿り着いた茶屋で食べた、筍の味噌汁と焼きたけのこは本当に美味しかったです。ちから餅は帰りのお楽しみに残して、また山頂を目指しました。
お詣りして安産祈願のお札を頂き、パワースポットの御池の写真を撮ってから下山です。ちから餅をしっかり堪能して下山のチカラになりました。
このお詣りでは、とにかく安産祈願だけが目的でしたのであまり沢山のことを心配もせず、黙々と石段を登ることが出来ました。おかげさまで、その数ヶ月後に可愛い孫が産まれてきました。
千里の道も一歩からと言います。一歩ずつの修行を積み重ねていたら、いつの間にか大きな目標に近づいているのではないかしらと思います。
道すがらの小さな楽しみを味わいながらその行程を積み重ねられ、先生の修行が味わい深い時間になりますようにと願いますよね。
私事を長々と失礼しました。
先生、トレーニングをプロにゆだねてみるおつもりはありませんか?
ちゅうさんともりちゃんは、ずいぶん前から毎日ジム通いをされていて驚きの体力をお持ちです。
お二人を見ていてやっぱりプロのアドバイスは侮れないと思っていました。
あ、ちなみにMAGYのマスターも剣道の昇段試験に備えて近頃始めたと聞きました。
私はジムに通ったことはありませんが、おせっかいしてみました(笑)
そのおせっかい、いんでねべが😂!
通訳
いんでねべが →よいのではないでしょうか✌️