普段使いの認知症対策

Web版新聞記事に「普段使いの認知症対策」という言葉を見つけて、興味津々でのぞいてみました。

そこでは、「買い物リハビリ」の効用に着目して、受け身ではなく日常生活の延長で認知症と向き合う取り組みが展開されています。(以下引用)

埼玉県のJR蓮田駅近くのスーパー「東武ストア蓮田マイン」では、高齢者らがカートを押しながら熱心に食材を選んでいた。スーパーと同じ建物に入るデイサービス施設「ひかりサロン蓮田」のスタッフらが、その様子を見守る。1日3000歩が目標で、歩数計を付けて毎回記録する。

この施設では買い物支援を通じて利用者の体の機能や認知機能を保ち、介護予防につなげる「ショッピングリハビリ」を取り入れている。平日の午前と午後の2回で、介護保険の要支援者や軽度の要介護者ら約50人が登録する。自宅までの車の送迎があり、荷物が増えても心配ない。

「しなくちゃいけない」といった受け身の運動なら長続きは無理かもしれない。では日常生活の中に体を動かす機会を作ってみたらどうか。スーパーなどの売り場を歩き回る買い物の動作を、高齢者の介護予防や認知機能の維持に生かそうとする試みが広がっている。買い物を楽しみながら取り組めるうえ、コロナ下で家に閉じこもりがちな高齢者の外出の機会にもつながっている。(引用終わり)

私が現職の頃は、「生活リハビリ」という言葉がありました。これと、同じような趣旨の取り組みだと思いました。そう言えば、「生活リハビリ」は、いつしか消えていき、「脳トレ」「百歳体操」等々、生活行為から離れた非日常の中で、頭(脳)や身体を鍛える取り組みが勧められるようになってきました。

エビデンスとは、「証拠」「根拠」「裏付け」「形跡」といった意味を持つ言葉で、情報や主張に対する正確性や客観性を担保するものとして様々な分野で使われています。当然、介護分野でも多く求められていることです。

生活リハビリは、エビデンス(evidence)が弱いと言う指摘がされ、10㍍を何秒で歩いたか骨密度がどう変わったかやダンベルで筋肉量がどれほど増えたか等々を数値化してそれを持って、科学的根拠や「効果」を実証しようという傾向にあります。

私は、南三陸町被災者支援をしているときに、ある学者から「ラジオ体操は意味がない」、エビデンスがないし、専門職がその必要性や効果を検証しないとダメだと、強く指摘されたことがあります。毎朝、「本間ちゃんラジオ体操」や「演歌に振りを付けした体操」等々、様々な工夫を凝らして身体を動かす機会をつくり、被災者を元気づけた生活支援員は、「意味がないなんて絶対ないよね」と涙を浮かべて訴えたいたことを思い出します。

私の応えは当然「そんなの無視しろ」でした。南三陸町の生活支援員が行うラジオ体操は、身体を動かすだけ運動面にだけ着目しているのではなく、家の外に出る、みんなとおしゃべりをする、生活のリズムをつくる、今日一日の始まりを意識する切っ掛け動作等々様々な効果を意図して行っていました。これは、専門職が評価しなくても、参加している町民の笑顔や生活習慣化で十分効果を実感できました。

いつものラジオ体操
歌津ちょこっと体操
元気を出すお祭り体操
お祭りの時に着るはっぴになるこで元気よく体操します

昨今の介護予防や認知予防対策には少々疑問があります。やっていることが生活行為から離れているからです。これでは長続きしない。それに決定的に「違う!」と感じているのが、介護予防や認知予防対策が目的化していることです。本来、それらの対策は、「手段」であって、目的は個々人の「やりたいこと」「楽しみたいこと」を実現することです。介護の世話になりたくないからダンベルを50回上げる、認知症になりたくないから100マス計算を一日1枚計算する等々、脅迫型の介護予防、認知症予防が横行している様に感じるのです。

介護のお世話になりたくないから足腰を鍛えるのではなく、若いときに行けなかった○○に旅行したいから、足腰腰を鍛えて少し長い時間歩けるようにする。やることは同じかも知れませんが、後者の方がよりポジティブだし長続きするように思います。

運動量を増やすことでも同様です。ただひたすら歩くだけよりは、お掃除、片付け、買い物等々の日常生活動作をより活発にすることで運動量を増やす方がより良いように思います。「わざわざ」より「ついでに」運動が良いのではないでしょうか。「普段使いの認知症対策」私は大賛成です。

出典・参考記事:毎日新聞 2022/10/10 04:30(最終更新 10/11 04:38) 有料記事

皆様からの感想・ご意見などをお待ちしています。

普段使いの認知症対策” に対して6件のコメントがあります。

  1. ハチドリ より:

    『実はすごい!大人のラジオ体操』という本をバイブルとして持っていますが、その中には『ラジオ体操は、実は”計算し尽くされた究極の運動”』と書かれています。ラジオ体操は素晴らしい全身運動なんですね。

    その始まりは昭和3年に昭和天皇御即位の大礼を記念して「国民保健体操」としてスタートし、いろいろ経過を経て今の形になったのが昭和26年のようですが、日本の無形文化?と言ってもよいのではと思ってしまいます。天気の悪い日に外に出られない時も、部屋の中で3回繰り返したら結構いい運動になります。

    手ぬぐいを持ってる写真がありますが、実は腕を回したりするときにバラバラの動きになるより、その幅を変えないようにタオルを両手で握って一定の幅で行うと効果的なんだそうです。この南三陸の仮設住宅での写真は、そのことをすでに知っていてやっていたのでは?素晴らしい指導者がいらしたのですね。それにしてもいい写真!両手を上げて逆えび反りに胸を反らす動きがありますが、「う~」と微かなうめき声が聞こえたあとに、「あ~~(気持ちいい)」と言う声が聞こえて来そうです(笑)

    ただ、ラジオ体操を正しくできていない人が多いのも事実みたいで、みんなで楽しく集まることにプラスして、『正しい動作』をすることでさらに体調も良くなり、ますます素敵な笑顔になっていくかもしれませんね。

    余談ですが、小田さんのコンサートでは始まる前にバンドメンバーみんなでラジオ体操をするそうです。

  2. 鈴虫 より:

    「認知症にだけはなりたくない」と多くの人は思っているし、口にもします。
    実は私もそう思うけれど、加齢には逆らえないので何れそのようになっていくのだろうなと思っています。
    予防のために何か特別な対策をすることは、今のところ考えていません。
    いつどんな風に様子が変わってくるのかわかりませんが、いざという時どの様に扱って欲しいかを身近な人への処し方でやって見せ、家族にすりこんでいる最中です。
    隣近所、友達にも今の私をしっかり見ていてもらって、私ならどうしたいだろうと考えてもらえるようにしておくことが私の対策かな。

    どんなおばあちゃんになろうとも、私らしさがひとかけら残っていたらいいなと思っています。

    1. ハチドリ より:

      鈴虫さんらしさが残っているおばあちゃん👵は、やさしさでいっぱいなような気がします。

      私は極度の人見知りなので、それが顕著に出てむつむつと1人庭の草むしりとかしてないといいな😅
      あっ、隣近所にガラっと玄関を開ける、おせっかいおばあちゃんたちがたくさんいるので、一緒にオロナミンCでも飲んで、会話がよくわからなくてもニコニコ過ごせたらいいな・・🤗

      1. 鈴虫 より:

        ハチドリさん、私も「ニコニコ過ごす」に大賛成です!

        色々な歳の取り方がありますが、機嫌よくいられたらそれがいちばんですよね。そのために今すぐ出来ることは、地域でおせっかいの輪を拡げることです。どこで草取りをしていてもみんなが見守り、いいタイミングでオロナミンCを差し出してくれる。そろそろお昼だから家に入ろうと手を引いてくれる。

        そのような繋がりを築いておくことが、老後の暮らしには大きな備えになると思います。

        自分だったらどうして欲しいかを基準に振る舞うことが、温かい地域を育んでいく始めの1歩になると信じて進みたいです👣

        1. ハチドリ より:

          『どこで草取りをしていてもみんなが見守り、いいタイミングでオロナミンCを差し出してくれる。そろそろお昼だから家に入ろうと手を引いてくれる』

          あ~、鈴虫さんとこうやってやり取りしていると、幸せそうな自分が目に浮かんでくる~( *´艸`)

          自分だったらどうしてほしいか?やっぱり、どんな時も優しく寄り添ってもらうことかもしれません。さて、そんな振る舞いになっているかな、私。

        2. 鈴虫 より:

          ハチドリさん、私もこうしてお話しする度に温かい幸せな気持ちになります。

          この様な将来像を共有出来る地域で暮らしたいですよね。ハチドリさんとご近所だったら安心してウロウロ出来そうです。こちらもなかなかイイところです。ご近所が暖かくのんびりと安心して過ごせる田舎暮らしに如何でしょう?

          みなさんも是非、移住のご検討くださいな🤗

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