いつもと変わらない一日は特別な一日

隣の家に済む娘の子ども(初孫)は、道路に出ることなく我が家に遊びに来れます。夕食を挟んで、其の前後にお気に入りの怪獣を持って「闘いしよう!」とやって来ます。私は、書斎に籠もって、居留守を決め込むのですが、簡単に見破られて居間という戦場に引き出されてしまいます。

私は、木製の動物で怪獣の仲間です。ウルトラマン#%$%(なんチャラ)は、正義の味方で最強らしく、ティッシュボックスに乗って時空を超えてやって来ます。上手に倒されると何度も同じ状況を求められ、同じように倒されます。

また、私が、どのような武器を持とうとその上の武器を即座につくっています。100万ボルトの電子ビームで攻撃すると、1億万ボルトの&’$$#$%#(判読不能)で応戦して来て、私を撃破します。また、都合が悪くなると電子バリアを張り巡らせ、私の攻撃を無力化します。想像の翼を思う存分広げています。

だっこされて日本語で遊ぼうの観ている
娘宅で食事後にみかんを食べている様子

朝、8時近くに登校します。小学校1年生の孫は、家から出てくるなり我が財務大臣に飛びつきハグしています。私とは、手を合わせるだけのスキンシップです。この差は、手の掛けた時間と量だと納得しています。姿が見えなくなるまで見送るのが私たちの日課になっています。満面の笑顔で抱きついてくるとき、母親に叱られ少々元気なさそうにうつむき加減で手を出してくるとき、日々様々な表情を見せてくれます。

こんな何気ない日常が、とても幸せに感じています。「いつもと変わらない一日は特別な一日」。ほんとうにそうだなって思います。成長と共に、使う言葉や私たちとの関わり方は変わってくだろうと思います。なので、今のこの時間は二度と無い貴重な時間なのかも知れません。一方、東京の息子夫婦の三歳になる孫とは、この様な時間を持てていません。それがとても申し訳なく思っています。もう少し大きくなったら、夏休みは仙台で過ごす!という習慣ができたら良いなと思っています。東京の孫とは、そのようなことを楽しみに会えることを楽しみにしている状況です。

駆け足で近寄ってきます
毎朝のハグ
こりゃたまらん!

命がつながっていくとは、この様な状況を言うのかなって、孫を見ていて思います。これは、血を分けた子どもに限らず、子どもを育てること全てに言えることなのだろうとも思います。地域社会を上げて子どもを育てる環境を整える活動は、「命をつなぐ」行為なのではないかと思います。

大人がそのような意識を持って子どもに接すれば、きっと豊かな未来づくりに通じるのだろうと。自分の孫を可愛いがるのと同じように、目の前を通り過ぎていくことも達にも同じような気持ちで関わってあげたいと思っています。

子ども達には、意識して「おはようございます」「お帰りなさい」と声がけしています。可愛い返事が返ってくることが多くなって来ました。贈与交換が成立しています。

一方、大人の方は成立の割合が少し低く、軽く黙礼して通り過ぎます。チョット残念。

皆様からの感想・ご意見などをお待ちしています。

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