永平寺への未知・みち8日目(6月01日)

菩提寺(仙台市)から永平寺までの700キロ8日目(6月01日)の様子です。

昨日、新潟県に入り、今日は新潟県二日目、関川村から新発田市迄の最長距離を歩きます。

昨夜から大雨で朝方まで雨音が聞こえていました。天気予報をみても今日一日は雨の中の最長距離を覚悟していました。出発の7時30分ころになると、雨脚は弱くなり、霧の中を歩く感じでした。ても、霧はくせ者で、気づくとしっとりと濡れてしまっているのです。

16キロ付近に蕎麦屋さんが有るので、とにかくそこまでを雨の中の歩こうと目標を定めて、ひたすら歩きました。

しかし、16キロ付近に来ても一向に蕎麦屋さんは有りません。更に、山道のハズがそれ程の高低差は有りません。縮尺が大きいので、上り下りが大きく見えなのかな〜等と思いながら更に歩を進めました。でもやっぱりおかしいと、ここで始めてナビを開いて見ました。

アレ?違う!道を間違っています。確認のためにガソリンスタンドに入り、現在地を確認すると明らかに道を間違っています。ものすごい遠回りのコースに入っていました。距離にして約8キロ、時間では少なくても2時間は多くなる計算です。この状態では、30キロ超えが必至です。チョト気落ちしていると、ガソリンスタンドの方は、「今日のこの天気での山越えは、道も悪いし選びなくで正解でした」と、いってくれました。確かに、この霧の中で山行は危なかったかも。必要な間違いだったのかも知れません。

30キロ超えでふらふら歩いていると、目の前にハザードランプを付けた車が止まっております、すれ違うところまで来ると窓が開き、中にいた80代と思われる女性が「ハイこれ」ってお金を差し出してきたのです。私を修行僧と間違っていると思い、「違います、私は雲水では有りません」といったのてをすが、「お布施です、受け取って」と言うのです。絶対間違っていると思ったのですが、手を引かないので、「有り難うございます」と、受け取ってしまいました。帰り際に「温泉にでも入って行きなさい」と、いいそのまま走り去りました。四国なら御宝号を唱える所ですが、今はお遍路ではないので、御真言を唱えて手を合わせました。

いろんなことがあった今日一日でした。今日は37.1キロ10時間20分5176kcal平均3.6km/hでした。

明日は、当初から今日の長い距離の翌日と言うことで、最短の10キロ程です。明日は、ゆっくり宿を出て、郵便局を見つけて、今日いただいた「お布施」を郵便局の方に事の次第をお話して、募金箱に入れようと思っています。四国なら「お接待」ということで、頂いてもいいかもしれませんかを、今回は?明らかに間違いなので、頂けないお金だと思います。そんな訳で、社会にお返ししたいと思っています。

皆様からの感想・ご意見などをお待ちしています。

永平寺への未知・みち8日目(6月01日)” に対して4件のコメントがあります。

  1. ハチドリ より:

    読んでいて,「先生,守られている・・」と思いました。
    そして,そのご高齢の女性が手渡してくださったお金ですが,鈴虫さんとまったく同じ思いです。(もう,先生,何考えてるのしょう???)

    その方は,先生を見かけ,何かを考え想い,その行為に至ったのだと思います。
    まさか,寄付になってしまうなんて,その女性の気持ちに想いを馳せたならそれは違うのではないかと思います。

    ぜひ,温泉見つけたら入ってください。
    そして,お蕎麦もリベンジなさってください。

  2. 鈴虫 より:

    雨上がりの深い霧のなか、ずいぶんと距離が伸びてしまったようです。
    『ガソリンスタンドの方が「今日のこの天気での山越えは、道も悪いし選びなくで正解でした」と、いってくれました。確かに、この霧の中で山行は危なかったかも。必要な間違いだったのかも知れません。』
    この様なひと言で「手痛い間違い」が「必要な間違い」に変えられた。
    ありがたいおせったいでしたね。

    その後に「お布施です、受け取って」「温泉にでも入っていきなさい」これもまた有り難い!
    先生は頂くべきでないと郵便局の募金箱に入れるおつもりのようですが、それで良いのでしょうか。
    おせったいは見知らぬ旅人を「助ける、応援する、元気づける、交流する」という意味があるそうです。
    だとすれば、ここが四国だろうが新潟だろうが、お遍路さんかそうでないかは関係無いのではありませんか。
    私がこの女性なら「この旅人が無事に歩まれます様に。この土地に来て良かった、この一期一会を良い思い出にして欲しい」その様な想いで握りしめたお金ではないでしょうか。
    その女性の真心を有難く頂いて欲しいと願います。
    明日行く先にひなびた温泉が有りますように。
    そこで「ありがとうございます」と手足を伸ばしてお湯に疲れますように。
    差し出す勇気を思う時、頂く勇気も湧くのではないでしょうかね。
    今日もお疲れさまでした。

    1. スマイル より:

      鈴虫さんの『「手痛い間違い」が「必要な間違い」に変えられた。ありがたいおせったいでしたね。』という言葉に深く頷き、また、神様やご先祖様のご加護もあったのではないかと思い、無事に宿にたどり着けて良かったと思いました。

      それから80代くらいのご高齢の女性のお布施への鈴虫さんの考えや感じ方にも共感します。相手の想いを受け取ることは、とても大事なことだと思います。もしかしたらご自身のお子さんと重ね合わせたのかもしれないし、とても信心深い方なのかもしれない。その方が望むように受け取ることが良いように思うし、そのほうがまあるく優しい社会になるように思います。温泉、あるといいですね。

    2. ハチドリ より:

      鈴虫さん,ものすごく共感です。

      『差し出す勇気を思う時、頂く勇気も湧くのではないでしょうかね。』って
      なんか涙が出そうでした。

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