市井の人になって半年

2021(令和3)年3月末をもって大学教員を卒業し職業欄に「無職」と書く生活になりました。市井の人になって半年が過ぎました。知人は時間の流れが早いと言っていましたが、私はどうかなって考えてみると、少なくとも「早い」感じはないように思います。何か、これまでよりも意識して時を刻んでいる感じはしています。ことを起こすたびに、なんで今なのかとか、なんでこれをやろうとしているのだろかとか、どうでも良さそうなことをいちいち考えているような気がします。

そん訳で、どうでも良いことですが、未知の時に足を踏み込んでの半年を整理し、振り返って見ます。

(4月)

①小田和正が植えた桜や地元の中学生が地元活性化の提案が形となった国道6号線沿いの桜並木(いわき市から新地町までの総延長163㎞)。30年後の故郷に贈る「ふくしま浜街道・桜プロジェクト」(主宰:NPO法人ハッピーロードネット)が行っている桜の手入れに参加しました(4月10日)。地元の中学生が多数参加しており、原発事故からの復興・まちづくりに希望を見いだせる素晴らしい事業だと感じました。

②あらゆる仕事から解放されたら絶対にしたいと思っていた「四国八十八ヶ寺お遍路」に行きました。4月18日仙台を出発し、翌19日から29日までの10泊11日で弘法大師に縁のある四国八十八ヶ寺を巡拝(ジャンボタクシー利用)して来ました。寺々をお参りして頂いた御朱印は、納経軸に頂き掛け軸に表具して仏壇脇に掛け、時々眺めています。四国八十八ヶ寺に加え高野山奥の院の御朱印は並ぶ掛け軸は、我が家の家宝になりました。もう一度、行きたいと思っています。今度は、歩き遍路に挑戦してみたいと無謀な望みを持っています。

(5月)

③山形県出羽三山をお参りしました。羽黒山では現世利益を、月山で死後の体験をして、湯殿山で新しい生命(いのち)をいただいて生まれ変わる、という類いまれな「三関三度(さんかんさんど)の霊山」として栄えてきました。今年は、丑歳には三山大神様の御神徳が最も高まるとされる「出羽三山丑歳御縁年」です。お参りを果たすと12年分の御利益を得られるとも伝えられています。そのようなこともあって羽黒山山頂にある出羽三山神社をお参りしてきました。

(6月)

④成田中学校地域防災活動に参加しました(6月25日)。この事業は、そもそもの趣旨は、地元の学校を地域住民が支えようという考えから始まりました。私は、それを実現するために「成田中学校ささえ隊」を提案した方に甚く感動し、微力ですがお手伝いをさせてもらっています。コロナ禍にあって「成田中生の学びの灯火を消したくない。何とか再開したいので手を貸してもらいたい」との連絡を受けた前述の方は、成田成田中応援プロジェクト」を立ち上げ、学校と相談しながらコロナ禍にあってもできる内容で活動実施にこぎ着けています。

(7月)

⑤鳴子温泉での湯治を7月17日から25日迄の8泊9日の日程で行いました。これも、退職したら絶対したいと思っていたことです。途中、朝の散歩中に転倒して骨折するアクシデントはありましたが、マナチュア無線の受験勉強をしつつ、心と身体の癒やしを行いました。食事は、野菜づくし等の毎食私好みで、最高に贅沢な時間を過ごしました。

(8月)

⑥二級アマチュア無線技士試験に挑戦し(8月8日)に、なんとなんと「合格」し、31日に二級アマチュア無線技士免許が交付されました(総務大臣)。これは嬉しい出来事でした。長年の夢、DX(海外の無線局との交信)がより身近になりそうです。

⑦80歳の挑戦「栗駒山登山」のお手伝いをする(8月28日)。些細な日常での会話を聞き漏らさなかった社協職員(生活支援コーディネータ)が中心となってサポートチームを編成し、登頂に成功し無事に自宅に戻りました。挑戦する、夢を持つ、なんて素晴らしいのだろう。とても羨ましく思いました。

⑧Webで東京に住む孫のお誕生日会(8月29日)。主役孫(三歳)、息子夫婦、お嫁さんの実家夫婦及び私たちと隣の孫の6人がテレビ画面に映る孫を見ながら自前で用意したハレの食事を食べながらお祝いしました。コロナ禍だからのやり方ではありますが、今後、歳を重ね移動するのに骨が折れるようになって来たときには、便利かも知れないと感じました。

(9月)

⑨アンティークの椅子を購入。書斎の雰囲気が一変しました。これも夢の一つでしたが、古くて長く使われている家具を持ちたいという夢が叶いました。それも、書斎という私の「居場所」をより心地よいものにしてくれています。椅子を変えると机も、って思えてくるのですが、それはさすがに難しく、椅子と机のアンバランスのまま我慢しているところです。物には全て物語がある、と思っています。大学院修士課程を終えたときに頂いた手づくり万年筆はその典型で、何か大切な書き物や署名には、この万年筆を使っています。また、機械式時計も同様です。そこに、このアンティーク椅子が加わりました。市井の人としての新たな人生の「連れ」です。

手帳を開いて思いつくまま、拾ってみました。振り返ってみると、心に残る大切な時間が刻まれている感じがします。こんな感じで時が刻まれていったら「孤独」と「退屈」には陥らないで済むかも知れない。新しい景色をじっくり見られるように、これからもこんな感じで過ごしていけば良いのかな。

皆様からの感想・ご意見などをお待ちしています。

市井の人になって半年” に対して4件のコメントがあります。

  1. 今日はお天気も素晴らしく、素敵な朝の時間を過ごしていらっしゃいますね。

    論語の言葉に『これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず』というものがあります。「知っている」ということは「好き」ということには及ばなくて、「好き」ということも「楽しい」ということには及ばない、ということです。

    これを知った時『「楽しい」に勝るエネルギーはないのだな』と思って、なんだか嬉しくなりました。特に私たち日本人は「楽しむ」ということが苦手ですものね。

    本間先生が「これもありかな」と思われることこそ大事なのではないかと、文章を拝見して思いました。

    ぜひぜひ楽しい時間を!

    1. welfare0622 より:

      「楽しむ」ことが苦手な私には、とても大切な論語の一節を教えて頂きました。
      有り難うございます。

      先ほど、お願いしていた無線機FTDX101MP(200W)が納品されると電話がありました。思いっきり楽しみです。早速「楽しむ」を体感したいと思います。

  2. welfare0622 より:

    お陰様で、つつがない暮らしを営んでいます。

    市井の人になったときは、孤独、退屈そして役割喪失の三つの状況に追い込まれることに大きな憂いを感じていました。そのような中にあって、投稿で書いたような関わりを頂き、何とか今日まで来ることができました。有り難うございます。

    これからも、これまで見たことのない景色に、おののくばかりではなく、楽しみを持てるように、日々時を刻んで行きたいと思います。

    今日も、アンティークの椅子に座り珈琲の香りを感じながら、CRTに向かっています。机の左には、昨日送られてきた全国及び海外(Ruaaia等)から転送されてきたQSLcardがあります。今日は、それをLog(交信記録)に整理します。こんな、非生産的なことに時間を費やすことも、最近は「有りかな!」って思えるようになってきました。

    日常(非生産的時間)と非日常(役割を意識する時間)を行ったり来たりしながら、時に流されるにでは無く、「時を刻む」暮らしを営みたいと思っています。

  3. ひとつひとつ刻まれた時を読ませていただきました。なんと豊かな時間なのでしょうか。

    震災後、私たちの活動をいつも支え励ましてくださったご縁で、先生の様々なご活躍を垣間見る機会があり、多岐にわたる精力的な仕事ぶりにただただ感心していました。
    そして今、これまで心の奥に秘めていた望みや憧れを大事に暮らしにとりこまれていく様子を、とても眩しく感じています。
    そのような生き方、暮らしそのものが、これからますます高齢化社会になるであろう時代の励みや希望になると思います。

    8月にNaritaマルシェが開催した「制服・体操着おさがり会」に、昨年度本間先生の科目を履修していた学生さんが参加くださり、先生と実際にお会いして交流している姿もとても印象的でした。オンラインの授業だったので実際に対面するのは初めてだったとか。
    これまでなさってきたことが、思いがけない嬉しい再会に繋がるというサプライズも、これからもあるのではないでしょうか。
    毎日ページをめくるのが楽しみですね。

    どうぞお体に気を付けて、日々を楽しんでください。

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